第3回 いろいろなカウンセリングのアプローチ
カウンセリングの実際のやり方は、その背景とする理論によっていろいろある。前回のキャリア・ガイダンスと同じように40~50のカウンセリングの手法があるだろう。
これを大別すると感情的アプローチ、認知的アプローチ、行動的アプローチ、包括的(折衷的)アプローチの4つに分類するのが一般的である。今回は、カウンセリングを実際に行う場合のアプローチについて解説しよう。
I 感情的アプローチ
感情的アプローチは、カウンセリングの目的は相談者の感情を豊かにすることで、「人は自分の感情に真に触れれば、十全に発達し自己実現することができる」と考える。このアプローチの代表は「来談者中心カウンセリング」である。ロジャース(Rogers,C.R.)によって提唱され、カウンセラーの受容的態度、共感的理解、自己一致または誠実な態度のカウンセラーの基本的態度が最も大切であるとする。このアプローチでは、カウンセリングの実施にあたって次の点を重視する。
① 「今、ここに」に集中し、想像や知的理解ではなく「現実」を体験させる。
② 自分の感情、思考、行動に責任を持ちながら、全感覚を用いて「自己」、「自分自身の価値」に気づいていくように支援する。
③ カウンセリングの重点は、一対一の「人間関係の質」を高めることに置かれる。
感情的アプローチの代表は「来談者中心カウンセリング」で、ロジャースの唱えた受容的態度、共感的理解、自己一致または誠実な態度という「カウンセラーとしての基本的態度」は、今日アプローチの違いを超えて、あらゆるカウンセラーに承認されている。
キャリア・カウンセリングとの関係で言えば、来談者中心カウンセリングによるキャリア・カウンセリングという特定のカウンセリングがあるわけではない。ロジャースの関心は、人間の感情的適応とその機能にあり、特に職業問題には触れてはいない。職業も個人の生活の一領域として焦点をあてるに過ぎない。「クライエントが、感情的に真に適応できれば、キャリア・カウンセリングを特別に受けなくとも、自動的にキャリアや職業問題も解決できる」という立場と考えられる。
このような人間の心の内面的状況を重視し、その変容を目的とするカウンセリングには、精神分析的カウンセリング、フォーカシング、ゲシュタルト療法などのヒューマニスティック・アプローチがある。
II 認知的アプローチ
認知的アプローチは、クライエントが抱えている問題や混乱は、その人がそのことをどう考える(認知)かによるとする。クライエントの不安や抑うつ、怒りや敵意などの不快な感情は、それに先行する。出来事によって起こされるのではなく、その出来事をどう受け止めるかによるとするアプローチである。
つまり、「人間の感情は、その人のそれを受け止める認知や思考(合理的、認知的プロセス)によって影響を受ける」。人は、合理的プロセスに従っているときは目標は達成される。問題が起きるのは、非合理的な認知や思考によって考えたり、行動するときである。
認知的アプローチの代表は「論理療法」と呼ばれる心理的カウンセリング手法である。
このアプローチは、エリス(Ellis.A.)によって提唱され、わが国では一般に論理療法と呼ばれてきたが、原名は、Rational-Emotive-Behavioral-Therapy の頭文字をとってREB T と呼ばれる。
人間の感情や結果(C:Consequence) は、それに先行する出来事や原因(A:Activating Event)によって引き起こされるのではなく、その出来事をどうクライエントが受け止めるのかという信念(B:Belief)によって生じると考える。すなわち不快な感情は、非論理的信念(Irrational Belief)によってもたらされるのだから、カウンセラーはそれをはっきりさせて反論(D:Discriminant & Dispute)を加えれば、その結果論理的信念が獲得され、不快な感情が軽減され、効果(E:Effect)がもたらされるというカウンセリング・アプローチである。
具体的カウンセリングは、次のプロセスを踏んで行われる。
① 論理療法による手順や効果について、クライエントに説明する。
② 問題を明言し、目標を設定する(A)。
③ イラショナル・ビリーフを見つけ、宣言する(B)。
④ 結果(感情、不安、問題など)を特定する(C)。
⑤ イラショナル・ビリーフの非論理性、非現実性を明らかにする(D)。
⑥ このような流れで問題に対処し、結果を出し支援する(E)
イラショナル・ビリーフの修正法には、反論説得法(何事も完全にやり遂げなければならない根拠は何か)、新しい考え方への置き換え(完璧な解決などあるものではない)、記録紙の使用などいろいろある。
認知的アプローチには、ベック(Beck.A.T)によって開発された「認知療法」も「誤って学習された記憶、イメージ、考え方が習慣化し、固定化する」とするもので、同じく認知的アプローチである。
III 行動的アプローチ
行動的アプローチの基本的立場は、「カウンセラーが対象とするのは、行動である。感情や認知は、行動から推測されるに過ぎない」とする。また、「人間のパーソナリティの変容は、環境の影響、それに対する個人の反応、及び個人に対する報酬と罰によってによって説明できる」という考え方である。不適切な行動しか学習しなかった、あるいは適切な行動を知らなかったから問題行動を起こすのだということになる。
具体的には、カウンセリングは次のように進められる。
① 問題解決を妨げている「クライエントの行動」を発見する。
② 不適切な反応を引き起こしている「状況」を明らかにする。
③ それを系統的に観察し、理解し、正確に整理記録する。
④ 弛緩訓練、脱感作、自己主張訓練などの訓練によって、不適切な行動を除去する。
⑤ ある行動が、将来の自分の行動にどのような影響を及ぼすか、見極める。
行動的アプローチの代表は、ウオルビ(Wolpe.J)によって開発された「系統的脱感作」である。
人は、恐怖や不安が著しいとリラックスできない。逆に充分にリラックスしていると恐怖や不安が起こりにくい。このように同時に両立しにくい反応によって、他方の反応を起こらなくすることを「逆制止」という。「逆制止」を反復することによって、恐怖心を引き起こす対象と実際の恐怖反応の結びつきを弱める治療法を「系統的脱感作」という。
上記の①~⑤の段階を、恐怖階層表の作成、弛緩訓練、脱感作の順に展開するのである。
まず、恐怖階層表でクライエントの恐怖や不安の対象や場面をリストアップし、次に弛緩訓練などのリラクセーションを行う。次に、最も恐怖や不安の低い段階の対象や場面を想定し、どの程度の不安や恐怖があったかどうか述べさせる。あればリラクセーションを繰り返し、なくなるまで行う。
わが国で広く行われている主張訓練(アサーション)も、対人面で、正当な自己主張や自己表現をできるようにする訓練である。
アサーションの具体的進め方は、対人不安の除去を主目的とする場合は「系統的脱感作」とほとんど同じである。スキル形成の場合は、一般に、主張性の査定→訓練プログラムの作成→訓練の実施のプロセスで行われる。
最近の行動的アプローチは、人間の行動に及ぼす要因としての認知との一体性が必然になっていることから、認知行動療法と呼ばれることが多い。認知や思考が先か、行動が先かは何とも言えない。
IV キャリア・カウンセリングのアプローチ
カウンセリングの感情的、認知的、行動的アプローチの実際について述べた。では、キャリア・カウンセリングはどのアプローチをとるのか。結論から言えば、キャリア・カウンセリングは、感情、認知、行動のいずれも行う。特定の理論だけにとらわれない。敢えて分類すれば包括的(折衷的)カウンセリングと言われている。
キャリア・カウンセリングにおいても、カウンセラーとクライエントの間に「暖かい人間関係」が成立しなければ、カウンセリングは成立しない。その点では感情を重視する。
しかし、キャリア・カウンセリングでは、クライエントとの間に「質の高い人間関係」が成立し、クライエントが「よい心の状態」になっただけでは、問題は解決しない。就職する、自分の適職を見つけるなどという具体的な目標を達成しない限りカウンセリングは終わらない。この点では意思決定、学習、自己管理、目標の設定などの認知的、行動的アプローチをとらなければならない。また、キャリアに関するカウンセリングであるから発達的人間観に立つことは当然である。
アメリカの著名なカウンセリング心理学者ハー(Heer.F.L.)は、やや抽象的ではあるが、キャリア・カウンセリングの特徴を次のようにまとめている。
① 大部分は、言語によるプロセスである。
② その中でカウンセラーとクライエント(一人又は複数の)とが、ダイナミックな相互関係を構築する。
③ カウンセラーは、様々な行動的レパートリーを行使する。
④ カウンセラーは、自分の行動に責任を持つクライエントが自己理解を深め、「よい意思決定」というかたちで行動が取れるようになることを援助する。
わが国社会にカウンセリングを大まかに「治すカウンセリング」と「育てるカウンセリング」に分類する風潮がある。この分類で行けば、キャリア・カウンセリングは明らかに「育てるカウンセリング」であり、そこを強調して最近は「ガイダンス・カウンセリング」という分野も発展してきている。
しかし、実際のカウンセリング場面では、キャリアと不安などのメンタルヘルス不全が、一人のクライエントの中で常に完全に分離しているとは限らない。キャリア・カウンセラーはその判断ができ、コンサルテーション、リファーなどの知識、スキルが求められる
《引用・参考文献》
1 木村 周「キャリア・コンサルティング 理論と実際」 2010 一般社団法人雇用問題研究会
2 スクールカウンセラー推進協議会編著「ガイダンス・カウンセラー入門」 2011 図書文化