第4回 自己理解への支援(その1)
I 自己理解の特徴
キャリア・ガイダンスの6分野(第2回)で示したとおり、キャリア・ガイダンス、コンサルテイングの柱の一つは、「クライエント自身が、自分自身を理解するよう支援すること」である。クライエント自身が、自分が何が得意で、興味は何か、自分の大切なものは何か、自分はいまどんな状況に置かれているのかなどを知らなければ、ガイダンスやコンサルテイングは始まらない。
では、自己理解そのものは元来どんな特徴を持っているのであろうか考えてみよう。要約するとそれは、下記のような特徴を持っている。
① 自己理解は、自分自身を分析し、さらにそれを統合するというプロセスをとる。
ここで分析とは、自分をいくつかの視点、例えば適性、興味、価値観などの視点から見つめ視点ごとに観察された自分の特徴を描写することである。
一方、統合とは、分析された自分の特徴をもう一度全体としてまとめて描写することである。それによって、それまで漠然としていた自分の映像が明らかになり、自分の言葉で自分を説明することができるようになる。
② 自分を描写する言葉や内容は、客観的でなければならない。
客観的とは、自分を描写する言葉や内容が、他人にも自分と同じように理解してもらえることである。要するに、自分にしか通じない言葉や内容ではならない。
③ 自己理解は、自分の個性について知るだけではなく、自分と環境との関係、自分の置かれた環境との関係における自分を知ることである。家庭、学校、企業、組織、地域社会の中で自分はどんな人間なのかを知ることでもある。
環境の理解が自己理解を進め、一方自己理解が環境の理解を進める。
④ 自己理解は、人生の節目節目に、幅広く継続的に行わなければならない。
個人は家庭生活、学校教育、企業など働く世界、異動、転職、地域社会など人生を通じてキャリアを形成する。
その間自己とキャリアの関係は絶えず変化し、選択を迫られる。そのたびに自己理解が必要になる。
II 自己理解の内容
人と職業のマッチイング
自己理解はどんな内容なのか。最も古く職業との関係で人の特徴を概念化したのはスーパー(Super,D.E)である。彼は「人と職業との関係のふさわしさを規定する条件」として「職業的適合性」という概念を示しその構造を提起した(図表)。今日でも自己理解の内容はこれが基本であり、各項目ごとにそれを調べるテスト、評価の視点、評価法などの手法が開発され現在に至っている。
しかし、スーパーの「職業的適合性」は、やや個人の能力、パーソナリティという側面(心理学的側面)に限って考えられている。今日人間の能力、パーソナリティなどを把握する内容は、より広範囲、緻密化、科学的に発展している。その代表的例がアメリカ労働省のコンピュター支援ガイダンス・システム、O’NET(the Occupational Infiormation Network)が使用している自己理解のための能力項目である。それは以下のような内容である。
① 能力;認知、精神運動、身体、知覚機能の4分野52項目
② 興味・価値観;
興味は現実的、研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的の6分野
価値観は達成、快適感、地位、奉仕、安全、自立の6分野18項目
③ ワークスタイル;
達成、社会的影響、内的動機、適応、誠実性、独立、実行力志向の7分野16項目
④ 技能(スキル)
基本的スキル;読解力、会話力、記述力、表現力、計算力、科学力の6分野
プロセススキル;危機管理思考、積極的傾聴、学習方策、モニタリングの4分野
応用スキル(職務遂行水準を決めるスキル);社会的スキル、問題解決スキル、テクニカル・スキル、システム化スキル、資源管理スキルの5分野36項目
⑤ 知識(ナレッジ);
ビジネス・管理、製造・生産、工学・技術、数学・科学、健康サービス、教育・訓練、芸術・人文科学、法律・公共サービス、コミュニケーション、運輸の10分類32項目
これらのO' NETシステムの能力やパーソナリティ項目を見ると、「人と職業の適合性」は、今日ますますその範囲を広げ、正確な測定と科学性が求められていることを感じる。わが国でもO' NETシステムの構造と情報を取り入れ、5年余にわたりアメリカ労働省や関係機関と協議を進め、研究開発を進めた。
1996年「キャリア・マトリックス」を公表し、以来学校教育、就職支援、能力開発の分野で広く活用されて好評を得ていたが、事業仕分けによって現在廃止されたままである。自己理解、職業理解の観点からは世界の流れを20年後戻りさせる残念なことであった。キャリア・マトリックス作成のために収集された膨大な職業情報が一日も早く再び活用されることを私は待ちわびている。
III 最近の職業能力観
1 エンプロイアビリティ(employability)
(1)日経連の提案
近年わが国産業界などで取り上げれれている職業能力観に直接関係する概念を取り上げてみよう。その一つはエンプロイビリティである。
エンプロイアビリティは、もともとアメリカでは、企業のダウンサイジングの影響に対する個人と企業との社会的契約として、またヨーロッパでは、EUや欧州委員会の雇用施策をを新たに発展させる具体的手段として1980年代から問題とされてきた。
このような流れを受けてわが国でも日経連(現日本経団連)は、1999年加盟企業に向けて「エンプロイアビリティを目指して」という提案を行った。そこでは次のようにエンプロイアビリティを定義している。
エンプロイヤビリテイ=労働移動を可能にする能力(A)+当該企業の中で発揮され、継続的に当該企業に雇用されることを可能にする能力(B)
そのうえでこの2つの能力が個人、企業にとってどのような関係になっているかを明らかにし、両者の新たな関係を構築するべきことを提案している。具体的に今後の個人と企業の関係を次にような具体的方向を示した。
<企業における今後の人材育成>
① 「個」に焦点をあてたキャリア形成の支援を
② キャリア開発プランの構築と実現に向けた支援を
③ 自己啓発の情報と機会の提供を
④ 状況変化に対応できるエンプロイアビリテイ開発を
<個人の取り組み>
① 主体的な自己開発を
② 自らを知る
③ キャリア開発プラン、ライフ・プランを描く
産業・就業構造の変化、急速な技術革新、グローバル化によるる労働異動、失業、労働者意識の変化などに対応しようとするエンプロイアビリティの提案は、その2年後開始されたキャリア・コンサルティングと哲学、内容、具体的方法ともに全く同じことであったことを、今改めて理解することができる。
(2)エンプロイアビリティの判断基準
同じ頃厚生労働省は「エンプロイアビリティの判断基準に関する研究会」を設置し、エンプロイアビリティの構造と内容を検討する中で、労働者個人の職業能力を次の3つに区分している。
① 職務遂行に必要となる特定の知識、技能などの顕在的なもの
② 協調性、積極性等職務遂行にあたり、各個人が保持している思考特性や行動等に関するもの。
③ 動機、人柄、性格、信念、価値観等潜在的な個人特性に関するもの
そして自己理解や職業能力開発との関連で留意すべきこととして、次のように指摘している。
① 上記①の部分は顕在的で「見える部分」、③は潜在的で「見えない部分」、②は態度として「見える部分」ではあるが、潜在的な個人属性とのつながりが強い。
② 知識、技能は主としてOff-JTやOJT等の職業訓練や教育訓練によってもたらされ、評価も可能である。
③ 思考特性や行動特性は、経験や自己研鑽などのキャリアを積むことによってもたらされる。その評価のためには客観的な実績評価、シュミレーションゲームのような新たな評価方法が必要である。
④ 動機などの潜在的な個人特性は、もって生まれた資質の上に、幼児期からの生活や教育によって作られたもので、そもそも職業能力として評価になじむかどうか問題である。
しかし、自己理解への支援、そのため何を支援し、どう評価するかはキャリア・ガイガンスやコンサルテティングにとって最も重要な条件である。また、個人の採用、異動、昇進などの人事労務管理の世界で、人柄、性格、思考特性、行動特性などは、たんなる知識、技能などを超えて重要視されていることは周知の事実である。
エンプロイアビリティの構造化と判断基準は、能力開発、教育、キャリア・ガイダンス、コンサルティングの実践において、職業能力をどう考え、位置づけ、どう科学的に評価するかをそれぞれの分野に問いかけていると受け止めなければならい。古くて新しい大きな課題である。
(3)コンピテンシー(competency)
コンピテンスとは、「環境と効果的に相互作用する有機体の行動特性」(ホワイト White,R.W.)と定義されている。
アメリカにおけるもともとの発生は、1970年代アメリカ政府とマクレランド(McClelland,D.C.)による外交官適性の研究から発展した「髙業績者の成果達成の行動特性」と言われている。ある状況または職務において高い業績をもたらす類型化された行動様式(態度、知識、技能などを効果的に活用して実際に成果を達成する行動特性)である。
イギリスでは「コンピテンス」と「コンピテンシー」は区別しないで使われており、コンピテンスとは、「職務における諸活動を期待される標準程度にできる能力」を意味し、具体的には教育と労働能力を一貫して構築されている「英国全国職業資格制度(NVQ Natinal Vocational Qualification)」の中程度の能力と規定されている。
イギリスでも、一般に「コンピテンシー」と言われるときは、アメリカと同じく髙業績者の行動特性のことを言い、それには率先行動力、顧客指向性、達成指向性、多様性尊重、財務感覚、監視力、問題解決力などがあげられている。
近年わが国でも、このような欧米のコンピテンシー概念が導入され、各企業が「我が社のコンピテンシー」を社員に提示し、業績をあげようとする風潮が起こった。しかし、それによって例えば1年間の短期業績のみによる個人評価、その個人の属する環境評価との関係、不十分、不公平な評価法などの問題点も明らかになり、コンピテンシーに対する批判も起こった。今日コンピテンシ-礼賛は陰を潜めているが、日経連が提言しているように「個人と組織の共生」という観点からは、キャリア・ガイダンスやコンサルティングの基本となる概念である。
《引用・参考文献》
1 木村 周「キャリア・コンサルティング 理論と実際」 2010 一般社団法人雇用問題研究会
2 日経連教育特別委員会「エンプロイアビリティの確立を目指して」 1999 日経連
3 厚生労働省「エンプロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書」 2002 厚生労働省
4 厚生労働省労働研修所「職業能力適性とその評価・測定」 2002 厚生労働省
5 労働政策研究・研究機構「イギリスにおける職業教育訓練と指導者の資格要件」 2004 労働政策研究・研修機構