第6回 職業理解への支援(その1)
I 職業、産業、事業所の理解
「キャリア・ガイダンスの6分野」(第2回)の2番目は「職業理解」である。
今回は職業理解の意義、内容について述べる。
1 職業の理解
職業とは、「生計維持のために、何らかの報酬を得ることを目的とする継続的な人間関係」あるいは「一定の社会的分担もしくは、社会的役割の継続的遂行」と定義されている。キャリアという概念は、人生、生きるなど職業より広い概念である。
社会には約3万ほど職業が存在している。それが一定のかたまりを持っているが、そのかたまりが「職業分類」である。厚生労働省職業分類によれば、大分類(サービスの職業など9分類)、中分類(飲食物調理の職業など80分類)、小分類(調理人など379職業)、細分類(日本料理調理人など2,167分類)に構成されている。
なお、10年に一度国勢調査結果により日本標準職業分類の改定に合わせて変更されるので注意が必要である。
職業情報の内容は、学術的には14項目程度に分けられることが多いが、実際の活用では、代表的な職業情報は「職業ハンドブック」である。そこでは下記の情報内容が基本とされている。
① どんな職業か
② この職業にはどんな人たちが就いているか
③ この職業に就くためにはどうしたらいいか
④ この職業のこれまでの歩みとこれからの展望
⑤ この職業の主な労働条件
⑥ この職業についての問い合わせ先、関係団体
「職業ハンドブック」では、これらの職業情報が客観的なデータに基づき、図表を含めて解説され、若年者向き「OHBY」、CD-ROM版、同パソコン版などにより、上記6情報が効率的に提供される。
2 産業の理解
産業とは、「事業所において、社会的な分業として行われる財貨およびサービスの提供にかかわるすべての経済活動」である。すなわち、産業とは、一定の場所(事業所)で行われる経済活動であって、職業が仕事を通じた人間活動であるのと対比される。
日本産業分類では、大分類(製造業など14分類)、中分類(食料品・たばこ製造業など96分類)、小分類(畜産食料品製造業など452分類)、細分類(肉製品製造業など1,262分類)に分類されている。
キャリア・ガイダンスやコンサルティングとの関連で言えば、最終的には、キャリアすなわち職業を選ぶわけだが、産業から入って、産業を限定して選択することは日常的に大いにあることである。
3 事業所の理解
キャリア・ガイダンスやコンサルティングにおいて、職業や産業を検討したら、最終的に選択するのは「事業所」である。
事業所の内容は、例えば、ハローワークにおける求人票のように広く知られているが、ここでは、一般的な内容を挙げておこう。
① 地理的条件(地元、他地域など)
② 事業所の形態(民間、公的機関、NPOなど)
③ 企業規模(大企業、中小・中堅企業など)
④ 業種(製造、販売、金融、サービスなど)
⑤ 勤務形態(勤務時間、週休制、正規・非正規、パート・臨時・派遣労働など)
⑥ 経済的条件(賃金、昇給・昇格など)
⑦ 企業の将来性、成長性
⑧ 事業所に存在する職業(職業の内容、必要な経験、資格、専門性など)
⑨ 福利厚生(労働・社会保険、財産形成、医療・介護、文化・体育、福祉施設など)
⑩ 業界、社会的評価、評判など
4 その他の関連情報
職業、産業、事業所に関する情報は、「職業理解」のための基本3情報であるが、その他に下記のような、人生如何に生きるかと言うような幅広い情報が必要である。
働く人の人生録、小説の中の人間の生き方などは、重要な職業情報である。
① 職業に関する考え方(働くことの意義、人生設計、生きることなど)
② 職業に関連した自己の個人特性(職業との関連における興味、適性、価値観、希望など)
③ 雇用・労働市場に関する情報(産業構造、景況、労働力需給状況、求人・求職など)
④ 職業に就くための手段・方法(能力開発、職業紹介の手段、就職活動、職務経歴書の書き方、面接の受け方など)
⑤ 就職促進のための各種の援助・助成制度(雇用調整助成制度、雇用保険、その他の労働・社会保険、能力開発、自己啓発のための助成制度、ベンチャーなど企業のための助成、失業なき労働移動、女性、障害者などに対する特別支援制度など)。
⑥ 職場適応に関する情報(職場定着のための人事・労務管理と方法、労働条件管理のあり方、労働安全衛生対策、職場における心と体の健康保持増進対策、心の健康づくり、快適職場づくりなど)
II 職業情報作成のための分析手法
1 職務分析
「職務分析」とは、「特定の職務について、観察と面接により職務に含まれている仕事の内容と責任(職務の作業内容)、職務を実施するにあたって要求される能力(職務遂行要件)を調査・分析して、その結果を一定の様式に記述すること」である。
「職務(job)」とは、「主要なまたは特徴的な課業(task)と、それに伴う責任が同一の職位(position)の集まり」をいう。
職業の分析は、分析の対象を何処に置くかによっていろいろ分かれるが、一般に、仕事は最小の単位である職務(job)から職掌(job group)まで、次のように分けられる。
① 動作(motion):作業活動を構成する最小の身体的、精神的単位
② 要素作業(element):作業としての一定のまとまりを持った動作
③ 課業(task):作業を行うにあたって論理的、必然的にまとまりを持った要素作業
④ 職位(position):一人の労働者に割り当てられた複数の課業
⑤ 職務(job):主要かつ特徴的な課業と、責任が同一である一群の職位
⑥ 職種(job title):仕事内容に共通性があり、関連性が高い一群の職務
⑦ 職掌(job group):事業所内の職種を、一定の基準でまとめた一群の職種
「分析の方法」は、「作業中の職務執行者を観察し、その労働者、監督者、その職務に詳しい関係者に面接して、それを一定の法則に従って記述すること」である。
記述は、次の「5W1H+Sの法則」によって行う。
① 何を(What):作業者は何をしているか。
② なぜ(Why):何のために。直近上位の目的がわかるように。
③ だれが(Who):作業者自身。作業者の職務と混同しないように。
④ 何処で(Where):作業の場所、環境条件など。
⑤ いつ(When):作業の時間配分、勤務時間、1日、1週、1ヶ月のサイクルで。
⑥ いかに(How):そのやり方はどうするのか。動作を細かく記述するのではない。
⑦ 技能度(Skill):難しさの程度。仕事全体の中で、各課業の技能度を相対的に評価。
職務分析は、戦後わが国経済社会が今日の基盤を作った時代から、従業員の採用、配置、異動、賃金制度の設定、業績評価などの分野で広く行われてきた。職業紹介の分野では「人と職業のマッチング」のために必要な基本的技法の一つとして、ハローワークにおける求人、求職受理などの場面で活用されてきた。
キャリア・ガイダンス、キャリア・コンサルティングへの必要性が拡大する中で、今日職務分析の意義と活用は、改めて見直される必要があると私は考える。
2 職務調査
「職務調査」とは、「企業の中での期待される人間像を把握することに重点をおいて職務を把握する職務調査」である。
わが国で最も広く使用されてきた職務調査は、「日本賃金研究センター」方式によるものである。この方式では職務分析と職務調査の違いを次のように説明している。
① 職務分析は仕事像を調査するが、職務調査は、その企業におけるあるべき人材像(仕事像、能力像)を調査する。
② 職務分析は職務評価を行うが、職務調査は職務遂行能力を調査する。
③ 職務分析は、職務記述書を作成し職務等級制度を策定するが、職務調査は職能資格制度(等級基準表、部門別課業一覧、職能要件書)を作成する。
④ 職務分析は仕事の合理化、効率化を目指すが、職務調査は職務編成の自由化、適正化を重視する。
⑤ 職務分析は採用、配置、賃金決定を主体とするが、職務調査は能力開発、能力評価・育成を主体に基準づくりをする。
⑥ 職務分析の考え方では、仕事が変われば賃金が変わる(職務給)。職務調査では、能力が変われば賃金が変わる(職能給)。
職務調査の具体的分析作業は、課業の把握、難易度評価と習熟度の指定、職種別等級別職能要件書の作成という手順で行われる。
キャリア・ガイダンスや職業指導では、「人と職業のマッチング」を中核的な目標の一つとすることが多いので、中心は「職務」の分析が中心となる。それに対して職務調査は「能力開発」の観点から職務を分析する。今日多くの企業は「職能資格制度」を取り入れている。この「職能」という概念に合わせて職務を考える分析方法である。
今日のキャリア・コンサルティングの考え方と一致するところが多く。企業内のキャリア・コンサルティングの普及、発展のためには、わが国で開発された「職業調査」をもっと活用されること私は期待している。
3 職業調査
職務分析や職務調査が「職務」を分析するのに対して、「仕事の内容ばかりではなく、労働条件、入離職の状況、求人・求職状況など職業全体の調査」をするのが「職業調査」である。
現在、わが国の職業情報の典型は「職業ハンドブック」と、それをCD-ROM化、IT化した中高生向きOHBY、キャリア・インサイト、キャリア・マトリックス(事業仕分けにより廃止)などである。「職業ハンドブック」作成のために開発された職業調査が典型的な職業調査である。
「職業ハンドブック」作成のための職業調査は、現在上記職業情報が完成したこともあり、作成した現「労働政策研究・研修機構」では現在は行われていないが、あらゆる職業調査の基本であるので、その要点を述べておこう。
この職業調査では、下記調査項目ごとに「文献による調査」、「関係団体・関係機関に対する訪問調査」、「その職業に就いている人へのWeb資格調査、訪問ヒアリング調査」など多様な側面から調査を行う。
調査結果は、次の項目にまとめられ、印刷物、IT情報にまとめられる。
① 職業名(日本標準職業分類番号)
② 職業のイメージ・仕事の内容:初心者に説明するとしたら、どんなことか。その職業の課業、責任、使用する装置・機械・道具、必要条件、環境条件など。
③ 就業の分野:就業している人。どんな人が多いか(性、年齢、就業上の地位、就業形態、学歴など)。
④ 参入条件と訓練・昇進・異動:入職条件(学歴、資格、経験の要・不要、性、年齢など)、入職経路(重視される特性、能力、昇進・異動コースなど)。
⑤ 職業の動向と将来性:就業者数の過去・現在・将来、職業を取り巻く社会的・制度的要因、労働力需給の見通し。
⑥ 労働条件の特徴:賃金・所得、労働時間・休日、労働環境、その他の雇用管理。
⑦ この職業に関する問い合わせ先、関係団体。
この職業調査が、現日本労働政策研究・研修機構で初めて行われたのは1981年であるが、その後企業訪問、職務分析などの実査の困難性が高まったため、2006年からは、「Web職務免許資格調査」が取り入れられ、その成果は、「キャリア・マトリックス」の開発、最近の「職務行動分析」となって結実し、今日、貴重な職業情報分析手法となっている。
4 企業分析
企業分析とは、「一般に企業の決算書、財務諸表などを対象とするもので、経営分析ともいわれる」。企業の「ヒト、モノ、カネ、情報」を管理する技術や施策が「経営管理」であるが、それを調査、分析する技法である。
キャリア・ガイダンスやキャリア・コンサルティングに関連する企業分析は、経営管理のうちヒトに関する管理、すなわち「人事・労務管理」が該当する。ここでいう人事・労務管理とは、「経営者が、従業員の採用から退職までの、個人の雇用に関して行う一連の自主的な管理施策」である。キャリア・コンサルティングでは、人事・労務管理へのかかわりをきわめて重視している。
一般に「人事労務管理」は、次のような4つの側面によって構成されている。
① 生産要素としての労働力の管理、すなわち雇用管理
採用、配置・異動、教育訓練・能力開発、退職の管理
② 労働関係にある従業員の管理、すなわち労働条件管理
賃金・労働時間、安全、衛生の管理
③ 働きがいを持つ人間としての管理、すなわち人間関係管理
人間関係、福利厚生の管理
④ 労働の売り手としての賃労働者としての管理、すなわち労使関係管理
労働組合、労働協約、労使交渉、労使コミュニケーション管理
《引用・参考文献》
1 木村 周「キャリア・コンサルティング 理論と実際」 2013 一般社団法人雇用問題研究会
2 厚生労働省「職務分析」 2002 厚生労働省
3 日本労働研究機構「職業名索引—平成11年改定版—」 2000 日本労働研究機構
4 楠田 丘・斉藤清一「職務調査の進め方・活用の仕方」 1990 産業労働調査所
5 総務省統計局「日本標準職業分類」 各年 総務省統計局
6 総務省統計局「日本標準産業分類」 各年 総務省統計局