第9回 キャリア・カウンセリングの実際(その2)
―― システィマティック・アプローチ――
I 意志決定方策
前回はシスティマティック・アプローチの流れと、方策の実行について述べた。方策には「意志決定方策」、「学習方策」、「自己管理方策」がある。今回はこの3つ方策について要点を述べる。
1 意志決定方策の意味
もともと選択とは意志決定の連続である。人間の行動には、まず何かをしようとする意思があることが前提になる。それに続いてそれをしたいという願望が起こる。願望があって初めて人は、努力の引き金を引き、行動に踏み出す決心をし、行動を開始する。
また、意思決定方策は、つぎのような前提に立っている。
① カウンセリング・プロセスの中でクライエントは、受動的でなく積極的な役割を果たすことができる。
② 1つを選択することは、他を捨てることである。何を捨てるかは、何を選ぶかと同様に重要である。
③ 意思決定には必ず不確実性を伴う。決定されたことは変わることがあるし、完璧性よりは可能性を重視すべきである。
④ 意思決定のタイミングは、その内容と同様に重要である。
2 意思決定のプロセス
意思決定は、カウンセリング・プロセスの中で人間関係を作る段階と意思決定する段階で特に重要となる。
人間関係確立の段階は、受容的、共感的理解、自己一致した立場に立って感情的ラポールの形成が重点となる。後半の意思決定段階では認知的・行動的理論に基づく積極技法が求められる。
一般に、標準的な意思決定は、次のようなプロセスで行う。
① 達成すべき目標と、それによってもたらされる利点を確認する。
② 目標に至る行動計画(Action Plan)を検討する。
③ その行動をとった場合のメリット、デメリット、必要な経費、実現可能性を検討する。
④ 検討するための情報を収集、活用、専門家の意見、技術的援助を求める。
⑤ 最終決定の前に、各選択肢のメリット、デメリットを比較検討する。
⑥ 選択した行動の準備をする。その場合予想される危険や困難性にどう対処するか対策を用意する。
意思決定のプロセスは、要約すると意思決定のための選択肢を並べる⇒選択肢を吟味する⇒選択肢の中から1つを選ぶ⇒選択肢を実行するために契約を結ぶというプロセスをとる。それを具体的に展開するときには、表頭に選択肢を並べ、表側にはカウンセリングの中から出されたメリット、デメリット、問題点などを並べた「比較評価表」を作ってやるのがよい。
II 学習方策
1 学習方策の意義
キャリア・カウンセリングは、一種の教育プロセスでもある。カウンセリングを通じて、カウンセラーはクライエントが目標を立て、学習できるような状況を創り出し、かつ、目標達成のための学習計画や方策を実行するのを支援することである。
支援する学習には、一般に技能(Skill)、行動パターン(Action Pattern)、意欲(Needs)の3つのカテゴリーについて学習することが必要である。
「技能」は、単に特定の職業能力のことではない。職業やキャリアを自分で探索、選択、決定、形成するのに必要な知識・技能である。関係調整、意思決定、情報探索、職業選択などの能力である。
「行動パターン」は、習慣、癖など、クライエントが気付かない行動パターンのことである。責任回避、不平・不満をよく言う、対決回避、引き延ばしなどクライエントの性格、行動に関するパターンのことである。
「意欲」は、目標に向かおうとする意欲のすべてである。カウンセラーやコンサルタントは、結局はクライエントが意欲を持って行動しなければ目標は達成できないことを知らしめることである。
2 学習方策のプロセス
一般に次の3段階で進める。
1)進路選択、就職、キャリア形成に関連した技能(スキル)を学習する
このステップでは、一般に、技能の見本を見せる(モデリング)⇒それを試行させる⇒試行の結果をクライエントにフィードバックする⇒練習させ、勇気づける⇒成果を評価する。
このプロセスの中で見本を示す「モデリング」は、きわめて重要である。具体的には次のようなモデルを知らせることである。
① クライエント自身:自分の自信があること、成功したこと、その時のポジティブな側面など。
② カウンセラー自身:カウンセラーの経験、成功、不成功の経験、その時の状況、結果など自己開示する。
③ 実在のモデル:現場に実在する成功、不成功のモデル。
④ 象徴的なモデル:文学、芸術、マスメディアなどで報道される例。
2)適切な習慣を学習する
このステップは、クライエントの適応を妨げるような習慣、癖などの行動パターンを矯正する。
一般に、次のステップを踏んで行う。
① 不適切な行動と、それが起こる状況や環境を明確に把握する。
② 不的確な行動が起こる状況や環境を修正する。
③ 適切な行動と、それが起こる状況や環境を明らかにする。
④ 適切な行動をとるべきだという何らかの手がかりをつくる。
⑤ 適切な行動を実行した場合、何らかの報酬が得られるようにする。
⑥ 適切な行動が習慣となるまで、練習を繰り返す。
3)クライエントの意欲を高める
目の前の、達成困難に取り組ませ、目標を持たせ、それに向かって努力を続けさせることは、きわめて困難な仕事である。何もしないのが楽ということは、ごく一般的なことである。
失敗を重ねたクライエントを動機づけることは特に大変である。その過程の中でクライエントの失望、曖昧さ、混乱、依存などのクライエントの抵抗に遭うことは覚悟しなければならない。
意欲を高める方策は、一般的に次の手順で行うと良い。
① 達成可能なサブ・ターゲットを立てる。できるだけ即時的に結果の出るターゲットがよい。
② それに向かっているクライエントの努力をほめ、勇気づける。
③ クライエントの努力に報いる。言語的、心理的支持を与える。
④ 練習を継続する。
III 自己管理方策
1 自己管理方策の意義
クライエントが、カウンセラーやコンサルタントに何時までも依存するのではなく、自分で問題を発見し、目標を定め、方策を選び、それを実行すること、すなわち「自己管理」することである。
クライエントが自分の行動観察、置かれた状況の管理、結果に対する評価と報酬などを、カウンセラーが提示したり、用意するのではなく、クライエント本人に任せることである。
2 自己管理方策のプロセス
自己管理方策の具体的手法は、基本的には先に述べた学習方策と同じである。
基本的には、自己監視(セルフ・モニタリング)、状況の修正、行動の学習の3分野がある。これらの自己管理方策は、今日論理療法、系統的脱感作などをはじめとする認知・行動療法のアプローチと共通の原則である。
「自己監視」とは、クライエントが自分の行動や環境を観察し、問題が起こる頻度、程度、時期、継続する時間などの特徴を記録し、それに基づいて改善計画を立てることである。
「状況の修正」とは、クライエントができるだけ望ましい行動を起こせるような環境に自分を置き、望ましくない環境には意識的に自分を置かないようにすることである。もし環境を変えられる見通しや意欲があれば、環境を変えることでもある。
「行動の学習」とは、新しい行動の学習である。適切な行動ができた段階で、その行動を真に自分のものになるまで繰り返し学習することである。
IV 成果の評価と終了
1 評価の意味と内容
システィマティック・アプローチの最終段階は、成果の評価である。
カウンセリングの最終段階で評価を行うのは、単にカウンセリングを行った成果を評価するに止まらず、クライエント、カウンセラ-,関係者、機関、組織などの第三者のためにもどうであったかを評価、確認、今後の改善のために行うところに大きな意味がある。
成果の評価には、次の4つの内容が含まれる。
① クライエントとカウンセラーが、目標に照らして何処まで到達したか。
② クライエントの同意を得て、カウンセリングを終了する。
③ カウンセラーは、クライエントの成果を監査(モニタリング)する。
④ カウンセラーは、このケースについての結果、手段、スキルの行使などについて、自己及び他人による評価を受ける。
2 クライエントの成長の評価
これには2つの側面がある。
第1は、クライエントが成長したと感情で認識するのではなく実際に行動が変わったという事実による。第2は、評価するのはカウンセラーや第三者ではなく、クライエント自身である。カウンセラーは、その機会を提供し、クライエントの評価に耳を傾けそれを容認することである。
評価のプロセスは、次の手順を取りながら事実に基づいて、ビジネスライクにやるのがよい。
① クライエントが、現在どんな状態にいるか決定する。
② カウンセリング終了時に、クライエントは、どんな行動をとったか記録する。
③ カウンセリング開始時と終了時の行動を比較する。
④ カウンセリング終了時の行動を目標と比較する。
⑤ 目標は達成されたかどうか決定する。
⑥ さらにカウンセリングが必要かどうか決める。
⑦ カウンセリングを終了する。
3 カウンセリングの終了
カウンセリングの終了には、3つの意味がある。
① カウンセリングの終了を正式に宣言し、その後も延々とカウンセリング関係を続けない。
② 学習したことを、将来活用できるかどうか話し合う。
③ 終了してよいか確認し、必要があれば改めてカウンセリングに応ずることを伝える。
④ ケースを終了する手順(ケース記録、関係書類の保存など)をする。
4 カウンセラーの自己評価
システィマティック・アプローチの最終段階は、カウンセラー自身の自分自身の評価である。評価の内容や基準は、基本的にはカウンセラー自身にゆだねられる。また、労働市場、企業の人事労務管理などの外的要因によって影響されるので、一般化できない面がある。
自己評価の内容は、
① 具体的な結果:就職した、訓練を受けることになったなど。
② 質的な側面:自信がついた、就職活動をする気力が出たなど。
③ 将来への知識、スキル:将来活用できるスキルを身につけたなど。
④ システィマティック・アプローチの各ステップ:各ステップで行うべきことをしたか。その結果はどうかなど。
《引用・参考文献》
1 木村 周「キャリア・コンサルティング 理論と実際」 2010 一般社団法人雇用問題研究会
2 Canada enployment and immigration commission 1986 [Individual employment counselling-Systematic approaches](雇用職業総合研究所訳による)