わが国職業紹介・職業指導の系譜 ―その過去、現在、未来―

第6回 職業指導・職業紹介におけるカウンセリング

I カウンセリングの位置付け

職業カウンセリングやキャリア・カウンセリングもカウンセリングである以上、そのよって立つ理論は、カウンセリングの一般理論の基本理念を共通に持っていることは同じである。ただ、いろいろなカウンセリング理論やアプローチを取り込んだ「包括的・折衷的アプローチ」をとるところに特徴がある。

過去、カウンセリングについては、さまざまな理論とそれに基づく技法が開発されてきた。その理論をアプローチの仕方によって大別すると、
 ① 感情的アプローチ
 ② 認知的アプローチ
 ③ 行動的アプローチ
 ④ 発達的アプローチ
 ⑤ 包括的・折衷的アプローチ
の5つに分けられる。

クライエントの目標を達成したり、自己実現を援助する過程で、感情的アプローチは感情の果たす役割を重視し、認知的アプローチは思考過程を強調し、概念やビリーフが感情や行動に及ぼす影響を重視する。行動的アプローチは、目標達成における行動、および社会的・環境的要因を重視する。また、発達的アプローチは、生涯を通じた発達課題を解決するような援助を重視する。
 もちろん人間は感情を持ち、思考し、行動し、かつ成長・発達する。これらのアプローチの一つだけに限定しないのが「包括的・折衷的アプローチ」である。

II 感情的アプローチ(ヒューマニスティック・アプローチ)

感情的アプローチには、来談者中心カウンセリング、精神分析カウンセリング、その他のヒューマニスティック・アプローチ・カウンセリングがこれにあたる。
 感情的アプローチに共通する基本的な考え方は、次のような考え方である。

① 人は自分の感情に真に触れれば、十全に発達し、自己実現することができる。

② 人は、自分の感情や考えを自由に表現し、それを確かめ、それによって自分の経験と感情を呼び戻すような人間関係を求めるものである。

③ 人はこの感情や経験が自分自身の価値観の基盤となったとき、自己実現を目指して機能できる。

このような観点から、具体的なカウンセリングの展開にあたっては、次の点を重視しながら展開する。
 ① 「いま、ここに」に集中する。
 ② 想像や知的理解ではなく、「現実」を経験する。
 ③ 全感覚を用いて、「自己」、「自分自身の価値」に気づいていく。
 ④ 自分の行動、感情、思考に責任を持つ。
 ⑤ カウンセリングの重点は、1対1の「人間関係の質」を高めることである。

【来談者中心カウンセリング】

感情的アプローチの代表は ロジャース(Rogers,C.R 1951)とその共同研究者達によって開発・展開された「来談者中心カウンセリング」である。
 その基本的な視点は、人は自分を中心とする主観的な知覚の世界、すなわち「現象的な場」に生きており、個人の行動は外界からの刺激によって規定されるのではなく、その個人の受け取り方や意味づけによって規定されるとする。
 また、パーソナリティーの基本要素は「自己概念と経験」であるとし、その構造を3つの領域に分けた。
 領域1は「自己一致」の状態で、自己概念と経験が一致している状態である。
 領域2は、「歪曲された部分」で、自己概念のうち経験と一致しない部分である。
 領域3は、「拒否された部分」で、経験のうち自己概念と一致しない部分である。
 領域2と3は、いずれも自己概念と経験が不一致を起こしており、不適応を起こしている。
 クライエントの自己概念と経験が一致する方向へ援助するのが、カウンセリングの役割である。

【カウンセラーの基本的態度】

ロジャーズは、上記の考え方を基本にして、カウンンセラーは次の3つの基本的態度を持たなければならないと主張した。

① 受容的態度:カウンセラーは、クライエントに対して無条件の肯定的関心を持つこと。

② 共感的理解:カウンセラーは、クライエントの内的世界を共感的に理解し、それを相手に伝えること。

③ 自己一致または誠実な態度:カウンセラーは、クライエントとの関係において、心理的に安定しており、ありのままの自分を受容していること。

この3つのカウンセラーに求められる基本態度は、その後すべてのカウンセラーに共通して必要な基本的態度として定着した。

カウンセリングの感情的アプローチには、その他精神分析カウンセリング(パットン Patton,M.J)、ゲシュタルト療法(パールズ Perls,F.S)、フォーカシング(ジェンドリン Gendlin,E.T.)などが含まれる。

III 認知的アプローチ

認知的アプローチには論理療法、認知療法、現実療法などがある。
 認知的アプローチの基本的考え方は、次にようなものである。

① 人間の感情は、思考(合理的、認知的プロセス)によって影響を受ける。

② 人間は、合理的な思考プロセスに従っているとき目標は達成される。問題が起きるのは非合理的な思考によって、考えたり行動するときである。

認知的アプローチの展開における特徴の第1は、問題解決、意志決定の方法をとることである。具体的には、カウンセリングの開始→問題の把握→目標の設定→方策の選定→方策の実行→結果の評価→他の問題への普遍化→カウンセリングの終了というプロセスをとることである。すなわち、カウンセラーは将来出合うであろう問題に対処できるように、クライエントの意志決定のスキルを学ばせるのである。
 第2の特徴は、クライエントの情緒的な混乱を少なくするために、認知に働きかけることである。

【論理療法(REBT)】

代表的な認知的アプローチは論理療法(Rational Emotive Behavial Therapy)である。
 英語の頭文字をとってREBTとも呼ばれる。アルバート・エリス(Ellis,A.)によって開発された。
 論理療法は、人間の感情は(C:Consequence)は、それに先行する出来事(A:Activating Event)によって直接引き起こされるのではなく、その出来事をどう受け止めるかという信念(B:Belief)によって生じると考える。すなわち、不快な感情、非論理的信念(Irrational Belief)によってもたらされるものだから、それをはっきりさせて、反論(Discriminant and Dispute)を加えれば、その結果論理的信念が獲得され、不快な感情が低減できるという効果(Effecte)が得られるという考え方を実践するものである。
 例えば、「全ての人に愛されなければならない」という非論理的な信念から、「全ての人に愛されるに越したことはない」という論理的な信念が持てればいいのである。

非論理的信念の修正法には、「反論説得法」(何事も完全にやり遂げなければならない根拠はなにか)、「新しい哲学への置き換え」(完璧な解決など、そうあるものではない)、「記録用紙の使用」(非論理的信念を、言葉にして書き出してみる)などいろいろある。

認知的アプローチには、このほか認知療法(ベック Beck,A.T.)、現実療法(グラッサー Glasser,W.)などがある。

IV 行動的アプローチ

行動的アプローチには、系統的脱感作などの行動療法、主張訓練などがある。
 行動的アプローチの基本的考え方は、次の3 点である。

① カウンセラーが対象とするのは、クライエントの行動である。感情や思考は行動から推測されたものに過ぎない。

② パーソナリティの変容は、環境の影響、それに対する個人の反応及び報酬と罰によって説明できる。

③ 個人の病的症状や問題行動は、不適切な行動の学習、適切な行動の未学習、および環境による不適切な刺激と強化によって起こされる。

カウンセリングの具体的展開では、次の点にポイントをおいて展開する。

① 問題の原因、問題解決を妨げている「クライエントの行動」を発見する。

② 不適切な反応を引き起こしている「状況」を明らかにする。

③ それを正確に、系統的に観察し、理解し、整理記録する。

④ 弛緩訓練、脱感作、主張訓練などの訓練によって、不適切な行動を除去する。

⑤ ある行動が、将来どのように影響を及ぼすか見極める。

【系統的脱感作】

行動的アプローチの代表は、「系統的脱感作」である。これは弛緩訓練によって不安反応を制止し、段階的に不安反応を除去する方法で、ウオルピ(Wolpe,J.)によって開発された。
 具体的には、恐怖階層表の作成→弛緩訓練→脱感作の順で行われる。まず、クライエントが不安や恐怖を覚える対象や場面をリストアップし、それを段階別に点数化させる。次に漸進的弛緩法などにより心身のリラクセーションを行う。
 次に、先に作成した恐怖階層表の最も強度の低い対象や場面を想起させ、どの程度の恐怖心や不安があったかを述べさせる。あればリラクセーションを行う。こうして恐怖や不安が薄れるまで順次、恐怖度の高い対象や場面に展開する。
 わが国で広く行われている主張訓練(アサ-ション)も、認知的・行動的アプローチである。

V 発達的アプローチ

発達的アプローチは、クライエントの職業的発達を助け、促進することを目的としている。その基本的考え方は、スーパー(Super,D.E.)がキャリアの発達理論として提唱した考えを原点としている。すなわち、カウンセラーは、各発達段階にいるクライエントの発達課題を認識させ、そのための対処行動を身につけさせ、それぞれの発達段階にふさわしい社会的役割を実践するよう援助する。

また、その基本的人間観は、次のような考え方である。

① 人間は、目標を設定し、選択し、決断し、自分の行動と未来に対して責任を持つことができる存在である。

② 職業的発達の中核となるものは「自己概念」である。職業的発達の過程は、自己概念を発達させ、それを職業を通して実現していくことを目指した漸進的、継続的、非可逆的なプロセスであり、妥協と統合のプロセスである。

具体的なカウンセリングの展開は、一般に次のようなプロセスをとる(クライツ Crites,J.O)。

① 非指示的に、問題の探索、自己概念の描写をする。

② 指示的に、話題を設定する。

③ 自己受容と、洞察のために、非指示的に感情の反映と明確化を行う。

④ 現実吟味のために、テスト、職業情報などのデータを、指示的に探索する。

⑤ 現実吟味のプロセスで起こった感情や態度を、非指示的に探索し、それに働きかける。

⑥ 意志決定を援助するために、非指示的に、選択肢を考えさせる。

VI キャリア・カウンセリングのアプローチ(包括的・折衷的アプローチ)

カウンセリングの感情、認知的、行動的および発達的アプローチについて述べてきた。
 では、キャリア・カウンセリングに最もふさわしいアプローチはどれか。結論を言えば、その理論を「来談者中心」とか、「行動主義」とか、「認知的」だとか、「発達的」だなどと特定はしない。ある理論にだけとらわれないという点から言えば「理論から解放されている」と言える。その意味で「包括的・折衷的アプローチ」である。
 わが国でも広く使われている「マイクロ・カウンセリング」(アイビー Ivey,A.E.)、「ヘルピング」(カーカフ Carkhuff,R.R)などの包括的・折衷的アプローチは、職業やキャリア・カウンセリングとして向いていると言える。

職業指導、キャリア・ガイダンスの分野に限定すれば、古くからピューイ(Peauy,V.), イーガン(Egan,G.)等によって「システマティック・アプローチ」が提唱され、その流れは、今日の職業指導、職業紹介の現場に引き継がれている。

《引用・参考文献》

1 木村 周 「キャリア・コンサルティングの理論と実際(3訂版)」2013、一般社団法人 雇用問題研究会

2 独立行政法人労働政策研究・研修機構「職業指導の理論と実際」(労働大学校テキスト)、2014

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