第7回 職業指導・職業紹介の基礎理論(その1)
職業指導、職業紹介の背景になっている理論は、ほぼ100年前アメリカで発生し、太平戦争後わが国に導入され、発展してきた理論が中心で、職業選択理論、構造理論、職業発達理論、新しいキャリア発達理論に大別される。
I 職業選択理論
この理論は、職業指導の創始者ともいわれるパースンズ(Parsons,F)の著書「職業の選択」(Choosing a Vocation 1909)によって提案された。職業指導、職業紹介とは次のことを実践することであるという。
① 自分自身、自分の適性、能力、興味、希望、資質、限界、その他の特性を明確に理解すること。
② さまざまな職業や仕事に関して、その職業に求められる資質、成功の条件、有利な点と不利な点、報酬、就職の機会、将来性などについての知識を得ること。
③ 上記の2つの諸条件の関係について、合理的な推論を行い、両者のマッチングを行うこと。
この理論においては、職業指導、職業紹介は具体的には次のようなプロセスを踏んで行われる。
① 個人資料の記述
② 自己分析
③ 自分自身による選択と意志決定
④ カウンセラーによる分析
⑤ 職業の世界についての概観と展望
⑥ 推論とアドバイス
⑦ 選択した職業への適合のための援助
この理論が公表されて以来、アメリカの職業指導、職業紹介、進路指導などの世界で、多くの研究、テストの開発、職業の内容の調査研究、職務分析、職業情報の開発などが活発に行われた。それはわが国にも導入され、今日に至っている。
ペグの理論ともいわれ適材適所にこだわり過ぎる、人間と職業との関係を一面的、固定的、静的にとらえすぎる、現実の職業選択は「合理的な推論」によって行われるとは限らないなどの批判もある中で、今日にまで職業指導、職業紹介、進路指導に多くの貢献を残し、最も中心的な理論である。
この理論を補足する形で意志決定理論、社会的学習理論などが提案されている。
II 構造理論
構造理論の基本的な考え方は、人間と環境との相互作用をを重視する点にある。
すなわち、人間は常に多次元的な環境の中に存在する。単一な時限ではなく、物理的、社会的及び文化的な次元によって構成される環境である。またそれは時間的、空間的に変化する。個人はこうした環境との相互作用の中で興味や価値観などを形成し、行動し、生活する。この理論の基本は、このような個人と環境の相互作用の中で、個人は成長、発達する。職業指導や職業紹介は、それに沿ったものでなければならないとする理論である。
構造理論は、個人と環境の相互作用の中で、その重点を人間サイドに置くか、環境サイドに置くかによって、心理学的構造理論と状況的・社会学的構造理論に分かれる。
1 心理学的構造理論
職業選択などの人間行動は、人間の心理的・内面的要因によって規定される。それらの要因が、ある目的に向かって人が行動するのを動機付ける原動力になる。その原動力が何であるかは理論によって異なる。この理論の主なものとしては、精神分析理論、欲求理論、自我理論などがある。
(1)精神分析理論
この理論の考え方の基本はフロイド(Freud,S.) が、20世紀初頭に体系化した精神分析学の理論に端を発している。すなわち、次のような考え方である。
① 人間を基本的に動かしているのは、意識的な自我ではなく、無意識の力である。
② その力は、多くの場合、性的エネルギーを源泉とし、彩られている。
③ 人間の行動は、そうした無意識のエネルギーと意識的な自我(超自我)の力関係としてとらえることができる。
④ その力関係のパターンは、基本的には幼児期の親子関係の中で決定される。
<ブリルの理論>
最も初期の段階で、この理論を職業選択理論に適応したのはブリル(Brill,A.) といわれる。彼は職業選択は、フロイドの「快楽原則と現実原則」を適応して、職業選択はこの2つの原則を結び付け、さらに妥協を図ることのできる領域だとした。また、フロイドの自我防衛機制の1つである「昇華」の概念を用いて職業選択行動を説明している。
<新フロイド学派>
「無意識的な力よりも自我の動きを重視し、人間は本能的な存在というよりも社会的存在である」としてフロイドから一定の距離を置いたのが「新フロイド学派」である。
その中で、マコービー(Maccoby,M.) は、人間の発達を規定する要因の一つとして職業を取り上げている。彼は、フロム(Fromm,E) の研究を検証したうえで「仕事は個人の発達水準を規定する主要な役割を担っている」としている。仕事は、人生に肯定的に立ち向かわせる態度を育て、成長や進歩をもたらすとするものである。
(2)ローの理論
ロー(Roe,A.)は、パーソナリティ-特性の研究を応用して、職業選択やキャリア形成を説明している。個人差と職業分類との関係に関する研究を通して、次のように指摘している。
① パーソナリティーの個人差は、親の養育態度によってもたらされる。
② これらの個人差は、その個人が遭遇する対人的及び対物的な相互関係にかかわりがある。
③ 親の養育態度と職業志向の関係を下記のとおり指摘している。
情緒型:過保護と過剰要求の両極端があり、もし条件がかなえば報酬の良い職業(例えば芸術関係など)を志向する。
拒否型:拒否と無関心の連続により、人間関係を志向せず、物志向となる職業(例えば科学的、機械的職業)などを志向する。
受容型:家族の対等の一員として、愛情を持って受容される。人間及び人間以外の両方についてバランスの取れた職業を志向する。
この理論は、幼児期における欲求の強さ、欲求と満足のズレ、満足の持っている価値が、その後に就く職業に影響するという考え方であって、マズロー(Maslow,A.)の欲求段階説の影響を強く受けているといわれている。
(3) ホランドの理論
ホランド(Holland,J.L.)は、「人間は遺伝と環境の所産であり、人は生まれながらの生得的資産と環境との相互作用の結果として、社会的、環境的課題に取り組む独自の方法を身につける」と考えた。この理論の骨子となる考え方は、次のとおりである。
① 現代の文化圏のもとでは、多くの人々は6つの類型に分類することができる。現実的、研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的である。
② 同様に、われわれが生活する環境も、上記の6つの類型に分類できる。
③ 個人は、自分の技能や能力を発揮し、自分の価値観や態度を表現し、かつ自分に合った役割や課題を引き受けさせてくれるような環境を探し求める。
④ 個人の行動は、その人のパーソナリティーと環境との相互作用によって決定される。
つまり、個人と環境とを同一の6類型にまとめ、個人と環境との類型が同一であることによる調和的相互作用が、より安定した職業選択、より高度の職業達成、より高い学業成績、よりよい個人的安定性や大きな満足をもたらすとした。
ホランドは、単に理論の構築に留まらず、それに基づいて職業指導、職業選択のための具体的な用具(VPI、SDSなど)を開発した。この流れはわが国にも導入され、(独)労働政策研究・研修機構を中心に、この理論とテストに関する研究と開発が永年にわたり行われ、今日に至っている。
2 状況的・社会学的構造理論
(1)家族の影響
職業指導、職業紹介、キャリア形成に関する社会学的研究も、これまで数多く行われている。その中で家族の与える影響が、職業選択等の重要な規定要因として指摘されている。教育、職業、収入などのようなキャリアに関連する地位は、一連の対人的プロセスを通じて世代から世代へと委譲される。特に、親の地位は、連鎖的影響を通じて間接的に彼らの子ども達が到達する地位に影響を与える。
地位によって異なる態度は、親と子の直接の接触を通じて、あるいは同じような仲間との接触を通じて、やや間接的に親から子どもへと委譲される。このプロセスは、優位な他人の影響とも言われ、優位な他人との対人関係は、子どものキャリア形成を助け、その発達に影響を与える。
また、家族の育児パターンと社会的経済的水準が、職業選択やキャリア形成に影響するという調査、研究も数多く行われている。
ハー(Herr,E.L)らは、多くの研究を集約し、次のように結論づけている。
① 家族は、その構成員の職業的知識を拡大または限定するような経験を促進するファシリテイターである。
② 家族は、その構成員の職業的行動を形成する偶然の出来事や期待の強化システムである。
③ 家族は、その構成員の社会的経済的地位をもたらす調達者である。
(2)機会遭遇理論
機会遭遇理論は、個人の選択の主な決定要因は、機会に遭遇するかであると考える。
個人が、ある特別な経験を求めても、実際の生活においてそのような機会に恵まれるかどうかは分からない。決定的に影響を受けるような人や出来事に会えるかどうかが、重要な決定要因であると考える。
バンデュラ(Bandura,A.)によれば、「遭遇機会は、予測することはできないが、一旦そのような機会に出会ってしまうと、それは予測された事項と同じような自明のこととして、因果関係の連鎖の中に組み込まれ、個人の選択行動に影響を与える」と言っている。
このような考え方に立って、遭遇機会として成立するかどうかに関わる要因として、次のようなことが関係すると言われている。
<個人的要因>
① 接触技術:他人との接触を受け入れ、維持するのに必要な興味、技能及び知識
② 情緒的連帯:遭遇機会を支え合う個人相互の吸引性
③ 価値観及び個人的規範:同じ価値観や規範を持つことによる意図されない影響
<社会的要因>
① 環境報酬:遭遇する人や集団がもたらす報酬や賞罰のタイプ
② 典型的環境と情報:環境が異なる個人や集団がもたらす現実イメージ
③ 環境との距離、密着性
④ 心理的密着性:生活の構造、方向、目的を規定する信念のシステム
「若者は選択の自由を持っているとか、自分の興味等に基づいてキャリア選択できる、などという考えは、単なる思い込みに過ぎない。多くの若者が入職する時、その方法を支配しているのは、選択ではなく、機会である」とする主張も、現実には社会を納得的に説明している。
このように「状況的・社会学的構造理論」は、社会が、個人の職業選択や職業行動を制約し、規定していくプロセスを解明するすることに重点をおく理論である。その分野は主に社会学、産業・組織心理学などであるので、そのように命名されたと考えられる。
《引用・参考文献》
1 独立行政法人労働政策研究・研修機構「職業指導の理論と実際」(労働大学校テキスト)、平成26年
2 木村 周 「キャリア・コンサルティングの理論と実際(3訂版)」平成25年、一般社団法人 雇用問題研究会