第8回 職業指導・職業紹介の基礎理論(その2)
III 職業的発達理論
これまで述べた職業選択理論、構造理論などは、ある時点に焦点をあてて、個人の職業選択を規定する要因やメカニズムを明らかにしようとする理論である。これに対して職業的発達理論は、職業選択や適応を長期にわたるプロセスとして理解しようとする。すなわち、ある時点での選択は、それまでその個人が生涯において行われてきたさまざまな意志決定の結果であり、かつ、それは次の選択に影響を及ぼす一つの意志決定になる。それゆえ、この理論では、選択の要因よりもその課程に焦点をあてる。
職業的発達理論は、1950年代にギンズバーク(Ginzberg,E.)、ミラーとフォーム(Miller, D.C. & Form,W.H.)、スーパー(Super,D.E.)などによって提唱され、その後多くの学者等によって継承されてきた。
1 ギンズバーグの理論
職業選択には、長い年月を通じての発達過程が見られることに着目し、これを理論化したのはギンズバーグ(Ginzberg,E.ら 1951)であると言われる。
彼は、経済学、精神医学、社会学、心理学からなる学際チームにより、青年期の在学生を対象とした職業選択に関する面接調査を実施し、その結果に基づき、職業選択に発達的な特徴が見られるとして、次の3点を指摘した。
① 職業選択は、一般に10年以上もかかる発達的プロセスである。
② 職業選択のプロセスは非可逆的である。一度ある特定の選択を行うと、後から変更しにくいものである。
③ そのプロセスは、個人の欲求とその障害となる現実との妥協をもって終わる。
そして職業選択には、次の3つの発達段階がある。
空想期(生後~11歳)、試行期(11~17歳)、現実期(17歳~20歳台初期)。
ギンズバークらは、その後の継続的な研究により、次の3つの命題(1972)を提示している。
① 職業選択のプロセスは、成人前期で終わるわけではない。労働生涯の全期間を通じて存在しうる。
② 職業選択の非可逆性は、当初考えていたより強いものではない。
③ 当初用いた「妥協」という言葉は、「最適化」と置き換える。
2 スーパーの理論
(1)スーパーの12の命題
スーパーは、もともとギンズバーグの研究チームの一員であった。ギンズバーグが精神分析的自我の機能を中心に職業選択の発達過程を説明しようとしたのに対して、スーパーは、個人と環境との相互作用を重視する現象論的自己論の立場で独自の職業的発達理論を構築した。
スーパーらは、それまでなされてきた調査、研究を網羅的に考察して、理論の主軸となるべき12の命題を示した(1957)。命題はどんな表現で記述されているか一部を紹介すると、例えば次ようなものである。
① 職業的発達は、常に前進する継続的な、一般に後戻りのできない過程である。
② 職業的発達は、順次性があり、類型化でき、従って予測できるひとつの過程である。
③ 職業的発達は、ダイナミックな過程である。
(以上のような命題が12あり、それぞれ、意味を解説している)
(2)スーパーの職業的発達段階と発達課題
スーパーは、ミラーとフォーム(Miller,D.C. & Form,W.H.)、ハビガースト(Havighurst)などの発達段階説などを検討したうえで、職業発達段階と課題を示した(図表1)。
この考え方によれば、ある発達段階において解決すべき発達課題を解決することが発達であり、それを支援するのが職業指導、今日的にはキャリア・ガイダンスであるということになる。
(3)キャリアの虹(キャリア・レインボー)
スーパーは、キャリア・レインボー(Life Career Rainbow)という概念を提示している(図表2)。
人はその生涯において9つの大きな役割を演ずることになる。次々と接近した年代にいくつかの役割を同時に演ずることとなる。個々の役割を演ずる舞台(家庭、学校、職場、社会など)で、人は自分の役割を再構築していく、それが発達である。
その舞台を支える背景、支えるものが「個人的決定要因」と「状況的決定要因」である。
IV 新しいキャリア発達理論と国際機関の提案
1 プランドハップンスタンス理論
プランドハップンスタンス理論は、クルンボルツ(Krumboltz,J.D.)によって提唱され、わが国でも広く活用されている。
人のキャリアは偶然の出来事によって左右される。当人も予想しなかったことによって興味が喚起され、学ぶ機会が得られ、成長する。従って、偶然に出会う機会を増やし、それを自分のキャリア形成に取り込む準備をすることがキャリア支援であるとする。
この理論は、古くは偶発理論と言われてきたが、意志決定理論、社会的学習理論などについても、個人から機会、社会への転換を迫る視点の理論である。
また、「個人があることを選択できるかどうかを規定する主な要因は、機会に出会うかどうかである」とするバンデューラ(Bandura,A.)の機会遭遇理論も、基本的には同様の理論である。
2 ナラティブ・アプローチ
新しい発達理論には、文脈的、構築的要素を含むものがある。それがナラティブ・アプローチ(構築理論)である。
例えば、ジェプセン(Jepsen,D.A.)は、キャリアはノンフィクションの仕事経験小説であり、小説や物語と共通する以下のようないくつかの要素で構成される。
① キャリアには、著者がいる。
② キャリアには、時の経過とともに進展する。
③ キャリアは、ある場所を舞台として展開する。
④ キャリアには、主役と脇役が登場する。
⑤ キャリアには筋書きがある。筋書きには問題の発生、解決方法、主役の行動という3つの要素が必ず必要である。
⑥ キャリアには、いかんともしがたい障壁、重大な事故が必ず伴う。
スーパーが、職業的発達理論を発表して以来、発達段階、発達課題などの概念を提示し、それを解決するように支援するのが職業指導、キャリア・ガイダンスであることが定着してきたが。ナラティブ・アプローチは、「ノンフィクションの仕事小説として、自分を語れ」ということである。
サビカス(Savickas,M.L.)のキャリア・コンストラクション理論も、わが国でも紹介されるようになったが、構築理論に分類されている。
3 社会正義の重視(文脈理論)
社会正義に向けたキャリア・ガイダンスが強調されていると言われる。社会経済的要因による貧困、社会的弱者、不平等を是正することに重点をおくキャリア・ガイダンスである。
現在のわが国で言えば、ニート、フリーター、非正規労働者、生活保護受給者、ホームレス、さらに広く考えれば一部の高齢者、障害者、刑余者、外国人労働者など、いわゆる「特別に支援を必要とする人々」に対する支援である。イデオロギーを含む社会的文脈(コンテキスト)でとらえることを重視する。
4 OECD、ILOなど国際機関の提案
最近、OECD、ILO などの国際機関が、これからの職業指導、キャリア・ガイダンスとカウンセリング、キャリア・コンサルティングのあり方、展開に対する具体提案が相次いでいる。
その要点を示して、今後の方向を考える参考にしたい。
(1)ガイダンスの内容から、実施体制へ
従来の職業指導、キャリア・ガイダンスは、自己理解、職業理解、啓発的経験、カウンセリング、方策の実行、ホローアップの6分野どれをとっても、どんなテスト、情報、実習、カウンセリングをするかなど、何をするかという個別の内容が中心であり、それに限定してきた。
国際機関の指摘は、「内容から実施体制へ」の転換を求めている。具体的には、提供方法、手段、コスト、対象者をどう区分して提供するか、予算、費用、提供者の役割、資質どんな人がやるのか、実施した効果をどう評価するか(方法と評価基準)、他機関等との連携などである。
(2)ガイダンスの役割や機能の拡大
職業指導、キャリア・ガイダンス、キャリア・コンサルティングの役割や機能の範囲を拡大してそれを明示すること。
今日、どこの国でもキャリア・ガイダンスは、教育、職業紹介、組織内職業能力開発などのどの分野でも、特定の学問、理論、手法、実施体制だけでは解決しない。各分野の連携が必須条件である。
具体的には、キャリア情報、キャリア教育、カウンセリング、職業指導、職業紹介、職業能力開発の分野で、それぞれの役割と機能を明確にし、連携することである。
(3)ガイダンスの目標や目的の拡大
1909年パースンズによって職業選択理論が構築されて以来、構造理論、職業発達理論と拡大され、それに基づく実践が行われて100年余が過ぎた。優れた研究と実践が行われてきたが、やはりその重点はクライエント個人の支援に重点が置かれてきた。
関係学問も心理学、教育学、社会学などが中心であり、社会の変化に応じて経済学、法律学などを取り込んで今日に至っている。
今日、キャリア・ガイダンスとカウンセリングは、環境を変え、環境に介入する力をもたなければならない。文脈理論が提示するように、生涯教育、労働市場、社会的公平、社会的包括などに向けて目標や目的を拡大する必要がある。
《引用・参考文献》
1 独立行政法人労働政策研究・研修機構「職業指導の理論と実際」(労働大学校テキスト)、平成27年度版(木村 周執筆)
2 木村 周 「キャリア・コンサルティングの理論と実際(3訂版)」平成25年、一般社団法人 雇用問題研究会
3 木村 周 「キャリアカウンセリング」(特定非営利法人 日本教育カウンセラー協会編 「教育カウンセラー標準・中級テキスト」所収)
4 下村英雄 「成人キャリア発達とキャリアガイダンス-成人キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤-」 平成25年 独立行政法人労働政策研究・研修機構