第1回 職業紹介の法的性格とその内容について
職安行政に従事していた折でも、職業紹介の法的な意味内容を特に考えることもなく過ごしてきたが、退官後法律関係の仕事に携わることとなったことから、職業紹介の法的な内容を調べてみようと思い、いろいろと文献に当たってみたが、その法的な解説した文献が見当たらないことから、何かの参考になればと思い、自分なりに調べた結果を以下述べることとしたい(職業安定局作成の職業紹介事業業務運営要領には記載がない)。
1 職業紹介の法的概念
職業紹介とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせん(注1)することをいう、とされている(職安法第4条第2項)。
ここで、求人を受理するあるいは求職を受理するとはいかなることを意味するかである。事実として求人票なり求職票を受け取るということがなされているが、この法律的な意味は何かということである。
一般に、私法の世界では、申込み(これをやって欲しい)がありこれに対する承諾(やりましょう)があると、両当事者間に契約が成立することとなると考えられている。
このことを踏まえると、職業紹介の場合も、求人・求職の申込みを受けそれを受理―承諾すると、職業紹介事業者と求人者あるいは求職者との間に契約が成立することになる。この契約は、求人者ないし求職者と職業紹介事業者との間で締結される職業紹介を行う旨の契約-職業紹介契約(求人申込みないし求職申込みを受け、求人者と求職者という雇用契約の両当事者間にたって雇用契約(注2)の成立をあっせんする旨の契約(注3))ともいうべき契約である。
2 職業紹介の法的性格
それでは、このような契約の法的な性格は何かであるが、民間の職業紹介を考えると(ハローワークでの職業紹介については別途考えることとする)、職業紹介事業者も求人者ないし求職者も私人であるので私人間を規律する基本法である民法の適用が問題となる。
民法では、契約の類型として売買契約、請負契約等13の契約(典型契約といわれている)を規定しているが、職業紹介契約についての規定はない。そこで職業紹介契約の法的な性格はどのようなものかということが問題となる。民法に規定されていない契約(非典型契約といわれている)の法的性格については、一般に当該契約と類似の契約としてどのような契約が民法に規定されているかを調べ類似性のある民法上の契約の効力を適用するということが行われているところである。
職業紹介契約の場合は、求人者にはその求める労働者を、求職者には仕事を探しそのあっせんを行うというものであり、一定の事務処理を行うことをその内容としている。民法においてはこれと類似する契約として委任契約が規定されているが、民法上の委任契約は事務処理の内容として法律行為(例 弁護士に訴訟行為を頼む等)を目的とするものをいうとされている。職業紹介契約はあっせんという法律行為ではない一定の事務の処理を行うものであることから、委任契約そのものではなく準委任契約と解されるが(注4)、民法上は委任の規定が準用される(民法第656条)ので、法的には委任契約と同様に取り扱われている。
3 職業紹介の法的特徴
ところで、私人間の契約には私的自治、契約自由の原則が適用されることから、契約をするかしないかは、当事者の自由に任されている。したがって、例えば、ラーメン屋がお客の対応をみてラーメンを売らないとすることとしても何ら法的には問題は生じない。
ところが、職業紹介契約の場合、職業紹介事業者は求人・求職の申込みをその意向に拘らず原則として必ず受理―承諾しなければならないとされていることから(職安法第5条の5及び第5条の6)、この契約自由の原則が適用されず、求人・求職の申込みがあると直ちに両者間に職業紹介契約が成立されるとされており、いわば契約の成立が強制されているといえる。
この点は、職業紹介契約が私法上の契約でありながら一般の契約と大きく相違する特徴であるが、これは職業紹介がとりわけ求職者にその生活の糧である仕事をあっせんするという公共的・公益的な役割を持っていることを踏まえ特に課された規制であると考えられる。このように契約の成立を強制する例としては、例えば診療契約があり、医師は患者の診察を正当な理由がない限り拒否してはならないとされている(医師法第19条)が、職業紹介契約と同様その公共的な性格からなされている規制である。
4 職業紹介の法的内容
それでは、職業紹介契約は、その内容としてどのような法的な権利・義務を有しているかである。
職業紹介契約は民法上の準委任契約と解されていることから、その適用が問題になるものとして、善管注意義務がある。これは、物事を頼まれた人(受任者)は、それを頼んだ人(委任者)に対して頼まれたことを善良な管理者の注意をもって処理する義務を負っている(民法第644条)ということである。
職業紹介契約の場合どのような内容となるかであるが、職業紹介事業者(受任者)は、職業紹介事業者一般に求人者あるいは求職者(委任者)から期待されるように事務を処理しなければならない義務を負っていると考えられる。例えば、職業紹介事業者が適任者あるいは適職を見出したときはこれを求人者ないし求職者に紹介すべきであり、これを怠った場合には責任が生ずることになる(職業紹介契約に違反するものとして―債務不履行として、損害賠償請求の対象となる(民法第415条))。
なお、職業紹介事業者が紹介した求職者が求人者の求める能力に欠けていた場合、通常は、採用行為を行った求人者の責任範囲(採用の自由に由来する)として職業紹介事業者の責任が問題となることはないと考えられるが、例えば求人条件とかけ離れたあるいはこれを無視した紹介を行った場合(経理事務の経験者の募集に対し営業の経験者を紹介するような場合)や免許・資格を要する職業(医師等)の求人についてその免許・資格を有するか否かを何ら確認せずに求職者の紹介を行った場合は、この義務違反として責任が生ずる可能性がある(職業紹介事業者の調査義務については(注5)参照)。
また、職業紹介契約は、特約のない限り、求人者・求職者双方からいつでも自由に解約できる(民法第651条)が、職業紹介事業者からの解約は制限される(職安法第5条の5及び第5条の6の趣旨解釈)。
ただ、職業紹介契約はいわゆる一方的仲立契約であり、求人者あるいは求職者は職業紹介事業者が紹介した相手方と雇用契約を締結すべき義務を負わないこと、職業紹介事業者は求人・求職の申込は原則すべて受理しなければならないこと、報酬請求権は職業紹介事業者のあっせんによる雇用契約の成立を停止条件として発生するだけであること等を踏まえると、特段の事情がない限り職業紹介事業者は職業紹介契約に基づき求人先や求職者を探索して雇用契約を成立させるべき義務まで負っていると解することは適当ではないと考えられる((注4)。職業紹介事業者の報酬請求権については(注6)参照)。
なお、今回は民間の職業紹介について考察したが、ハローワークの職業紹介の法的性格については、別の機会に述べることとしたい。
(注1)職業紹介における「あっせん」とは、求人者と求職者との間における雇用関係の成立のための便宜を図りその成立を容易にさせる行為一般を指称するものと解されており、このあっせんには、求人者と求職者との間に雇用関係を成立させるために求職者を探索し求人者に就職するよう求職者に勧奨するいわゆるスカウト行為も含まれると解されている(最判平6年4月22日)
(注2)「雇用契約」と「労働契約」の異同が問題となるが、両者は同一の契約類型と解してよいとされている(荒木尚志著「労働法」46ページ)。
(注3)諾成・不要式の契約であり、その成立には書面その他の形式を何ら要しない。なお、職安法第5条の3により、職業紹介事業者及び求人者はそれぞれ求職者及び職業紹介事業者に対し原則文書で一定の労働条件を明示しなければならないとされているが、この義務に違反したとしても、職安法違反の問題は生じるが契約の成立が否定されることはないと解される。また、職業紹介契約は準委任に関する契約であることから、印紙税法の課税文書には該当しない。
(注4)求人者と紹介所との間には、準委任契約が成立しているが、これにより紹介所が負う債務は求人者の希望に適合する家政婦さんを極力世話するものにすぎず、他方、紹介所は、職業安定法により、求人・求職の受理義務があり、比較的低廉な紹介料によって両者間の雇用関係の成立を容易ならしめる行為をなすものであるから、紹介所の債務も、特約がない限り、その限度に限られる(東京高判昭41年5月10日)。
(注5)職業紹介事業者が、職業に必要とされる適正・能力の程度や免許・資格の有無の範囲を超えて、求職者の家庭状況等その個人情報を収集することは禁止されており(平11年労働省告示第141号)、このような事項に関する求人者からの調査依頼を拒否しても問題が生じることはない((注4)記載の判決は、家政婦につき身元確認の義務なしとしている)。そもそも、求人者はこのような事項を調査しないよう求められている(「公正な採用選考をめざして」(厚生労働省作成パンフレット))。
(注6)委任契約では、本来、委任者が受任者に報酬を支払う旨の特約をしていない限り、受任者が委任者に報酬を請求することはできない(民法第648条第1項)が、職業紹介事業者は商法上の商人であることから(商法第4条、第502条第11号)、職業紹介事業者が求人者ないし求職者のためにあっせん行為を行った場合は当然報酬請求権をもつことになる(商法第512条)。しかし、職業紹介事業者が請求できる報酬-手数料については、職安法第32条の3により、規制がなされており、この限度内でしか報酬-手数料の徴収ができないこととされている(本規定は私法上の効力を有する。(注1)記載判決)。
なお、違法に徴収された手数料の返還を求めることは不当利得の返還となるが、この不当利得返還請求権(民法第703条)の消滅時効は、10年と解される(民法第167条第1項)。なお、手数料自体の消滅時効は5年(商法第522条)となる。