第7回 職業紹介における労働条件等の明示について
紹介業者が適正・適法な職業紹介を行う上で最も重要な事項の一つである労働条件等の明示について、コンプライアンスの観点から紹介業者が留意すべき点について検討してみることとしたい。
1 労働条件等の明示義務の内容
紹介業者には、職業紹介に当たって、求職者に業務内容、賃金、労働時間等の労働条件を原則書面(求職者が希望した場合は、メールも可だが、FAXは不可)で明示すべき義務が課されている(職業安定法5条の3(注1))。この紹介業者の義務の履行を担保するため、求人者には、求人申込みに当たり、紹介業者に対して、上記と同様のことを行うべき義務が課されている。紹介業者及び求人者にこのような義務を課しているのは、求職者が紹介を受け就職するに当たって、労働条件をめぐってトラブルが生じやすいことから、予め労働条件を明示させることによりこのようなトラブルの発生を未然に防止するためである。
なお、求人申込みは、求人者が労働条件を明示したうえで求職者に対し雇用契約締結の申込を誘引する行為であることから、求人票をもとに求職者がこれに応募することが雇用契約の申込みに該当し、この応募を求人者が承諾することによって雇用契約が成立するものであり、求職者の求人票に基づく求人への応募によって雇用契約が成立するのではない。
2 紹介業者による労働条件等の明示に当たっての確認義務
ところで、紹介業者が求人者から示された労働条件等を、求職者に明示するに当たっては、求人者から示された労働条件等をそのまま明示することは適当ではなく、その内容が法令に違反していないか、賃金等の労働条件が著しく不適当でないかをチェックすることが求められている。紹介業者がこのような確認をしなければならないのは、原則受理義務がある求人申込みについても、その内容が法令違反や著しく不適当な場合は求人者にその是正を求め、それが入れられない場合は当該求人の受理をしないことができる(職業安定法5条の5)とされていることに由来している。
このことから、紹介業者としては、求人者から示された労働条件等が法令に違反していないか等について確認すべき義務があり、この確認を適正に行うためには労働基準法等の労働関係法令や労働・社会保険に関する知識が必要となる。
例えば、求人票に労働契約期間4年との記載があった場合、労働基準法14条で労働契約の期間は原則3年以下にしなければならないとされていることから、この点に関し求人者に説明の上適法な求人内容となるようにしなければならない(求人者の理解が得られなければ、違法な求人申込みとして受理しないこととなる(職業安定法5条の5))。
また、求人申込みは、労働者の募集に該当する行為でもあり、求人者(事業主)に課されている募集に関する法規制にも適合したものとなっていることが必要となることから、男女雇用機会均等法5条及び7条による性差別(注2)、雇用対策法10条による年齢差別(注3)に該当していないか、の点についても確認しなければならない。
上述の確認をせずに、また不十分な確認しかしなかった場合には、紹介業者に、善管注意義務違反(民法644条。第6回解説参照)の責任が生じうるので注意を要する。
なお、事業主は、外国人を雇用した場合にはハローワークにその旨を届け出なければならない(雇用対策法28条。違反者は30万円以下の罰金)こととされているので、紹介業者としては、外国人を紹介し雇用されるに至ったときは、求人者である事業主に届出義務がある旨を伝えておくことが望まれる。
3 求人者(使用者)の労働条件明示義務
使用者には、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示すべき義務が課されており(労働基準法15条。賃金、労働時間等一定の労働条件については書面(書面以外は不可)で)、紹介業者の明示する労働条件等との関係をどう考えるかという問題がある。この点については、紹介業者が明示することが義務づけられている労働条件等はあくまでも紹介に当たってのものであり労働契約締結時のものではないので、紹介時の労働条件と労働契約締結時の労働条件に相違が生じることも考えられる(注4)ことから、紹介業者は、相違が生じる可能性がある場合には、求職者に、その旨を紹介に当たって予め明示しておき実際に相違が生じたときはその内容を速やかに知らせるよう配慮することとされている(注1の告示第3の第6項)ことから、紹介業者としては、このような相違が生じないよう、またやむをえず生じた場合に備えて、常日頃から求人者との連絡を密にしておくことが求められている(注5)。
また、使用者は、パート労働者を雇い入れたときは、速やかに、労働基準法で書面明示が求められている事項に加え、昇給・退職手当・賞与の有無に関しても文書(FAX、メールも可)で明示しなければならないとされている(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律6条)ので、紹介業者としても、紹介時の労働条件明示の際、この点についての配慮が必要となる。
なお、労働契約は書面で作成することは要件とされていないが、契約内容についてはできる限り書面で確認するよう求められている(労働契約法4条2項)ことから、求人票に求職者の確認・同意欄を設けることにより、労働条件通知書の代用(注6)として活用するとともに、労働契約法の要件も充たすような工夫をすることも考えられる。
4 その他
紹介業者には、労働条件等の明示義務のほか、求人又は求職の申込みを受理した時は、速やかに
① 取扱職種の範囲等
② 手数料に関する事項
③ 苦情処理に関する事項
④ 求人者の情報及び求職者の個人情報の取扱いに関する事項を書面(求人者、求職者が希望する場合はメールでも可)
で交付する義務も課せられている(職業安定法32条の13)ので、この点についても、適切に処理する必要がある。ただ、労働条件等の明示義務と異なり、この明示は、求職・求人の受理時に明示をすれば、その内容に変更がない限り紹介の都度明示する必要はないとされている。
5 おわりに
紹介業者としては、労働条件をめぐるトラブルを避けるため、上述した点に留意して紹介を行うことが、コンプライアンスの面からも適格な紹介という面からも大事なことと考えられる。
(参考1)職業安定法3条(均等待遇)と求人・求職申込みとの関係
紹介業者は、紹介を行うに当たって、人種、国籍、信条等を理由として利用者を差別的に取扱うこと((A国人に限定あるいはA国人は除外することは国籍差別として同条に違反する)を禁止されている(職業安定法3条(均等待遇))が、この規定は、利用者の申込内容を制約しているものではない(利用者に課された義務ではない)ので、例えば、求人者が求人申込みに当たって、性・年齢(これらは求人者にも義務付けられている)以外の事由―国籍、信条等―による差別的な取扱い(A国人に限るあるいはA国人は除外する)をしたとしても、これが直ちに違法な求人申込みとなるものではなく(民法90条の公序良俗違反となるか否かの問題はあるが)、紹介業者がこのような求人を受理し紹介することが、即同条違反となるわけではない。
(参考2)求人・求職の申込みの受理に関する職業安定法5条の5及び5条の6の解釈に
ついて
職業安定法5条の5及び5条の6によると、求人・求職は原則すべて受理をしなければならないこととされており、法令違反等の場合のみ受理しないことができると規定されている。この規定の解釈として、法令違反等の場合に、受理を拒否しても違法になることはないが必ず受理を拒否しなければならないものではなく、「・・・できる」と規定されていることから、紹介業者の判断で受理するか否かを決定することができる旨を規定しているものと解することは、適当ではない。これらの条文が「・・・できる」との表現を用いたのは、本文で「・・・しなければならない」との表現が用いられていることを受けて、その例外を但書として「・・・できる」と表現したものであり、その意味するところは、「受理してはならない」との意であると解するのが正当な解釈であると考える。
(参考3)雇用契約と労働契約の関係
雇用契約は民法623条以下に規定されており、他方労働契約は労働契約法に規定されており、両者はその名称も根拠法も異なっていることから、両者の契約に法的な差異・異同がある場合には、紹介業者としては求人者と求職者の間で締結される契約が両者のいずれとなるかについて留意する必要がでてくる。
すなわち、雇用契約が労働契約と法的に異なる契約だということになると、労働契約法5条(安全配慮義務)、16条(解雇権乱用法理)等の規定は適用されず、求職者にとって不利となるので、これを意図して労働契約ではなく雇用契約とすることを求人者が希望するような場合どのように対処したらよいかが問題となる。
この点に関し、両契約の関係については、一般に同一の契約類型と解してよいとされている(「労働法」荒木尚志著p44~47)ことから、紹介業者としては、契約の名称を雇用契約としても労働契約法の適用を免れることはできないことを説明したうえで、雇用契約とするか労働契約とするかは求人者の希望によったとしても、特段問題が生じることはないと考えられる。
(参考4)労働基準法に違反する労働条件を定める労働契約の効力
労使双方の合意に基づき締結された労働契約で労働基準法に違反する労働条件が定められた場合、例えばこの労働条件が労働者の強い希望で定められた―高額の賃金を得たいがため一日の労働時間を9時間としたとき、この労働条件の法的効力がどうなるかである。この点に関し労働基準法13条では、同法に定める基準に達しない労働条件を無効とし同法で定める労働条件が適用されるとしていることから、この例の場合は、当事者の意向にかかわらず一日の労働時間は8時間となる(直律的効力と呼ばれる)。
したがって、紹介業者が労働基準法に違反する労働条件をもとに紹介を行い労働契約が締結されたとしても、実際の労働条件が労働基準法に反することになることはないが、このことから紹介業者の責任がなくなるわけではないと考えられる。
(注1)明示すべき事項として、
① 労働者が従事すべき業務の内容
② 労働契約の期間
③ 就業の場所
④ 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間及び休日
⑤ 賃金(臨時に支払われる賃金、賞与及び労働基準法施行規則8条の賃金を除く)の額
⑥ 労働・社会保険の適用に関する事項が定められている(職業安定法施行規則4条の2)
また、この点に関する配慮事項として、
① 虚偽又は誇大な内容としない
② 求職者等に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限定する
③ 業務の内容は職場環境を含め可能な限り具体的かつ詳細に明示
④ 労働時間―始・終業時刻、残業時間、休憩時間、休日等の明示
⑤ 賃金形態(月給・日給・時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給等の明示
⑥ 明示する労働条件等と労働契約締結時の労働条件等が異なる可能性がある場合はその旨の明示と異なったときの求職者等への速やかな通知
の6の事項が定められている(平成11年労働省告示141号第3 法第5条の3及び第42条に関する事項参照)。
なお、緊急の必要がある場合は口頭等による事前明示も認められているが、求人者による明示について想定することができるのはFAXによるものしかなく(紹介業者による内容の確認作業があるので、FAXでの明示が最低限必要となると考えられる)、主として紹介業者による求職者に対する明示の場合に想定されるが、この場合には事後に書面等で再度明示内容を示し確認しておくことが望まれる。
(注2)性差別については、
男女雇用機会均等法5条に違反する求人を受理し紹介を行うことは、職業安定法3条(均等待遇)の趣旨に反するとされている((注1)の告示第2 法第3条に関する事項参照)。
(注3)年齢差別については、
紹介業者が講ずべき措置として、求人票・求人申込票等の整備(年齢制限の理由の記載欄を設ける等)を行うとともに、求人内容が雇用対策法10条に違反していないかの確認を行い、違反求人については事業主に是正の働きかけを行い、それでも是正されないときはハローワークにその旨の情報提供を行うこととされており、このような対応をせずに紹介をし続けるなど悪質な場合は行政指導・処分の対象となりうる(職業紹介業務運営要領 第11 4 法第33条の6に関する事項等(5)労働者の募集及び採用における年齢制限の禁止に関する取組P110~112)。
(注4)紹介時に明示された労働条件と労働契約締結時の労働条件に相違が生じた場合の対処について
このような相違が生じた場合の問題は、紹介時に明示された労働条件が労働契約の内容となっているか否かということに関連するものであるが、実務的には、紹介業者、求人者及び求職者が紹介時の労働条件をどのようなものとして考えていたかの意思解釈の問題ということになる。
この点について、裁判例をみると、
① 新規学卒者に係る求人票に来年度の賃金を見込み額として記載していた事例では、新規学卒者の採用慣行、賃金改訂が4月ごろ一斉に行われる我が国の労働事情の下では賃金を確定的なものとして記載することには無理があることから求人票自体不統一の様式・内容で記載されたものであり、採用内定時に求人票のとおり確定したとは解せない(八州事件(東京高判昭和58年12月19日))
とするものがあり、他方
② 求人票に退職金ありとの記載があり採用に際してこれと異なる発言がなされず、また退職金を支払うことを前提とした発言があったとされる事例では、求職者は求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になることを前提に雇用契約の申込みをするものであるから、求人票記載の労働条件は当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り雇用契約の内容になるとして、これらの事情が認められない本件では労働契約の内容になっている(丸一商店事件(大阪地判平成10年10月30日)
とするものがあることから、労働契約の内容になるか否かは具体的な状況によって左右されることになると考えられる。
したがって、紹介業者としては、無用なトラブルを避けるためには、本文に記述した取扱いを励行することが大事となる。
(注5)紹介業者が書面での明示が義務付けられている労働条件等の範囲は、労働社会保険の適用に関する事項を除けば、労働基準法15条で使用者(求人者)が書面明示を義務付けられている範囲より狭いので、紹介業者としては、法的には、職業安定法で求められている範囲の労働条件について、労働契約締結時の労働条件との相違に関する責任を負っていると考えられるが、トラブル防止の観点からは、広く求人者が紹介業者に明示した労働条件について相違がないかについて、チェックすることが望まれる。
なお、紹介業者がこのような状況を漫然と放置した場合は、その態様如何によっては、善管注意義務違反(民法644条)の責任が生ずることもありうるので注意を要する。
(注6)紹介業者が、労働契約の成立の際に、求職者が了解している労働条件についてその通知のみを行うだけであれば、これを求人者の代理人の立場で行ったとしても、善管注意義務違反(民法644条)の問題は生じないと考える。