職業紹介をめぐる法的な問題等について

第26回 民法改正の職業紹介業務への影響について

121年ぶりに民法の債権法分野の全面改正を行う改正民法が、平成29年6月2日公布され、平成32年4月1日から施行されることになっている(参考)。そこで、この改正が、職業紹介業者の方々が行っている職業紹介にどのような影響を及ぼすか、またそれにどのように対処したらよいのかについて、適正・適法な職業紹介の実施を図る観点から、検討してみることとしたい(本稿は、改正民法の成立を踏まえ、本掲載第13回を改訂したもの)。

1 改正民法中職業紹介業者に影響を及ぼすと考えられる事項の概要

改正民法では、債権法分野について広範囲の改正が行われているが、その中で職業紹介業者に影響を及ぼすと考えられる事項としては、消滅時効、法定利率、契約の成立、定型約款、委任に関する事項がある。

2 各改正事項の職業紹介業者への影響

そこで、これらの事項が職業紹介業者にどのような影響を与えるかについて検討してみる。

(1)消滅時効

職業紹介業者の徴収する手数料についての消滅時効は、現行民法では、権利を行使できる時から10年とされているところ(民法167条1項)、改正法では、消滅時効の起算点を客観主義から主観主義に変更し、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年とした(改正法166条1項)。この点については、職業紹介業者は商人なので、商法の適用があり、現在でも手数料の消滅時効は5年とされているが(商法522条)、その起算点は客観主義を採用し権利を行使できる時からとされていることから、今回の改正で消滅時効については、商人についても民法の規定に合わせるとされたので皆様方の消滅時効の期間が延長される可能性が出てくるが、手数料についてはその支払い時期が明示的に定められていると考えられることから、その時点で権利を行使できることを知った時と解されるので、実務上の影響はないと思われる(なお、この改正に伴い、商法522条は削除された)。

(2)法定利率

職業紹介業者の徴収する手数料等の支払いがその支払期限より遅れた場合、遅延利息が生じるが、この遅延利息は、現行民法では、年5%とされているところ(民法404条、419条1項)、改正法では3%とされ、3年ごとに銀行の短期貸付利率の平均利率に応じて1%単位で上下することとされた((改正法404条2項~5項)紹介契約の途中で変更がなされた場合は、変更前の利率が適用される)。この点については、職業紹介業者は商人なので、商法の適用があり、現在、法定利率は年6%とされているが(商法514条)、この民法改正に伴い、法定利率は民法の利率に一元化された(商法514条は削除された)ことから、別段の意思表示がないときは、改正法施行時以降、6%から3%に下がることとなるので、注意を要する。

(3)契約の成立

職業紹介業者と求人者・求職者との間には、紹介契約が成立しているところ(本掲載第1回及び10回参照)、改正法では、新たに「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(申込みという)に対して相手方が承諾をしたときに成立する」(改正法521条1項)との規定を追加し、また、現行民法では、契約の成立は、郵便等のお互いの意思表示が即時に到達しない場合には、承諾の通知を相手方に発したときに効力が生じるとされているが(民法526条1項)、改正法では、民法の原則に戻り(民法97条1項)、その意思表示が相手方に到達したときに効力を生じることとしている(民法562条1項並びに電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律1条4項及び4条は削除された)。この点については、職業紹介については、求人・求職の申込みがあれば(その旨の意思表示があれば)、原則として、紹介業者の受理する旨の意思表示(承諾の意思表示)がなくとも、紹介契約は成立するとされているので(職業安定法5条の5及び6。これらの条項は、民法の特則と考えられ、民法の規定に優先する)、実務上の影響はないと考えられる。

(4)定型約款

職業紹介業者は、「業務の運営に関する規程」(注1)を作成し事業所内の一般の閲覧に便利な場所に掲示しなければならないとされているが(職業安定法施行規則24条の5第4項)、この規程は改正法で新たに規定されることとなっている定型約款に該当すると考えられる。

定型約款については、今回の民法改正に際し、賛否両論のある中で種々議論が行われ、その議論を経てやっと制定にこぎつけられたものである。

改正法では、「定型約款とは、定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう」(改正法548条の2第1項)と定義され、①定型約款についてのみなし合意、②定型約款の内容の表示、③定型約款の変更について規定されている。これによれば、

・①は、定型約款について、これを契約内容とする旨の合意をしたときあるいはあらかじめこれを契約内容とする旨を相手方に表示していたときは、民法1条2項の信義誠実の原則に反し相手方の利益を一方的に害すると認められるものを除き、定款の内容となっている個別の条項についても合意したものとみなされる。

・②は、相手方から請求があった場合は、定型約款を記載した書面を交付等していたときを除き、定型約款の内容を示さなくてはならず、この請求を拒んだときは、①は適用されない。

・③は、定型約款の変更が、

相手方の一般的な利益に適合するとき

契約した目的に反せずかつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型 約款を変更することがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき

には、定型約款を変更する旨及び変更後の内容並びに効力発生時期をインターネット等適切な方法により周知したときは、相手方と個別に合意することなく契約の内容を変更することができる

とされている(改正法548条の4第1項)。

この改正に伴い、職業紹介業者は、定型約款たる性格を有する「業務の運営に関する規程」が、上記①から③の要件を充たせば、個別の求人者・求職者の合意を得ることなくこれを改正することができることとなり、業務の迅速・適確な運営をすることが、可能となるものと考えられる。他方、この改正により、いままで作成していた「業務の運営に関する規程」の合理性等が問題となる恐れがあるので、改正法施行までに、その内容についての点検・見直しが必要になると考えられるところである。

なお、民法改正に適合した「業務の運営に関する規程」の考え方については、今後改正法施行までに検討したいと考えている。

おって、ハローワークの職業紹介についても、民間の職業紹介と法的な性格は異なるところはないと考えられるので(本掲載10回参照。なお、菅野和夫著「労働法第11版補正版p65では「行政サービスであって、利用者との契約に基づく任意サービスではない」としている)、今回の民法改正を踏まえ、その業務に関する定型約款を定めることが適当であり、その検討が進められることが望まれるところである。

(5)委任―主として報酬(手数料)に関する部分

紹介契約は、民法上の準委任契約と解され委任に関する規定が適用される(民法656条)ところ、改正法では、報酬-手数料に関し、委任事務を処理することができなくなった場合等の報酬請求権については、①委任者(求人者・求職者)の責めに帰することのできない事由によって委任事務(職業紹介業務)の履行をすることができなくなったとき及び②委任(紹介契約)が履行の中途で終了したとき(受任者(職業紹介業者)に責任がある場合を含む)は、処理された委任事務(職業紹介業務)の割合に応じて報酬を支払う場合(履行割合型)には既にした履行の割合に応じて(改正法648条3項)、また委任事務(職業紹介業務)の履行により得られる成果に対して報酬を支払う場合(成功報酬型)にはその成果が可分で既履行部分だけで独立して委任者(求人者・求職者)の利益となるときはその受ける利益の割合に応じて(改正法648条の2第2項)、報酬を請求することができることとされ、報酬請求ができる場合を拡大している(現行民法では、報酬に関しては、履行割合型で受任者(職業紹介業者)に責任がない場合しか規定されていない(民法648条3項))。

職業紹介業者の報酬-手数料は、職業安定法で規制されていることから(注2)、この報酬に関する規定の改正により、直接に影響を受けることは少ないと考えられるが、届出制手数料をとっている場合は、上記改正により報酬請求できる場合が拡大されていることを踏まえ、この改正に応じて届け出る手数料の範囲の見直しを検討することも考えられるところである(民法のこれらの規定は、契約当事者間で変更可能な任意規定なので、既に改正法と同様の手数料としているところもあると思われるが)。

3 おわりに

以上、改正民法の職業紹介業者への影響について検討してきたが、職業紹介業者の方々におかれては、今後、改正法施行時までに、特に定型約款に関する理解を深めることを通じ、職業紹介業務の適正・円滑な運営を図るための方策を検討されていくことを期待したい。

(参考)債権法とは、民法の規定のうち、主として契約に関する法的なルールを定めたものをいい、これに対し、所有権等に関し定めた部分は物権法といわれる。

なお、定型約款については、施行日前に締結された契約にも、改正民法が適用されるが、施行日前(平成32年3月31日までに)に反対の意見表示をすれば、適用されない旨の例外が設けられており、この例外規定は平成30年4月1日から施行されることになっている。

(注1)「業務の運営に関する規程」厚生労働省作成 様式例第1号

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11650000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu/0000180101_18.pdf

(注2)求職者には、原則として手数料は請求できないこととされており、例外的にしかその請求は認められていない。本掲載9回参照。

職業紹介をめぐる
法的な問題等について

■第1回
職業紹介の法的性格とその内容
について

■第2回
職業紹介、労働者派遣及び労働
者供給の相互関係

■第3回
職業紹介と消費者契約法等との
関係

■第4回
暴力団関係者からの求人・求職
申込みへの対応について

■第5回
職業紹介における個人情報保護
のあり方について

■第6回
紹介業者の善管注意義務について

■第7回
職業紹介における労働条件等の明示について

■第8回
紹介所と労働組合のかかわり

■第9回
手数料について

■第10回
ハローワークと求人者・求職者の職業紹介を巡る法的関係について

■第11回
事業譲渡、合併、会社分割等における紹介事業の許可等の取扱い

■第12回
固定残業代の記載がある求人票への対応について

■第13回
民法改正案の職業紹介業務への影響について

■第14回
最近の法改正を踏まえた適正な職業紹介業務の遂行について

■第15回
障害者雇用において職業紹介業者が留意すべき点について

■第16回
マイナンバー法施行に伴う職業紹介業者の留意すべき点について

■第17回
現在政府で検討されている職業紹介事業の見直しについて

■第18回
労働関係法令違反があった事業主からの新卒求人の取扱いについて

■第19回
地方分権を踏まえたハローワークの職業紹介等の改革について

■第20回
同一労働同一賃金と職業紹介上の留意点

■第21回
職業紹介事業に関する制度改正についての建議

■第22回
改正個人情報保護法の施行に向けて

■第23回
職業紹介事業に関する制度改正について

■第24回
働き方改革の概要について

■第25回
「職業紹介事業に関する制度改正について」と「改正個人情報保護法の施行に向けて」の改訂について

■第26回
民法改正の職業紹介業務への影響について

■第27回
紹介手数料不払い、求人者の倒産等への対応

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