第6回 紹介業者の善管注意義務について
紹介業者は、求人者及び求職者双方に、紹介契約(民法の準委任契約と解される)上の義務として、その職務を行うに当たって、善管注意義務を負っているが(民法644条(注1))、この義務の内容はどのようなものかについて明らかにすることにより、紹介業者の方々の適正な業務執行に資することとしたい。
1 善管注意義務の内容
善管注意義務とは、「自己のためにするのと同一の注意義務」と対比される概念であり、その内容としては「その地位にある、思慮分別のある通常の人が払う注意」をいうとされている。紹介業者の場合は、紹介業者に対して一般に期待される水準の注意義務と考えられるところ、この義務の内容として紹介業者が具体的に負っている義務としては、職業安定法の規定も踏まえると、
① 適格紹介の義務
② 求人・求職内容の確認(チェック)義務
③ 求人者及び求職者双方に対する中立義務
④ 個人情報保護義務
⑤ 守秘義務
⑥ 苦情処理の義務等
が考えられる。
その他善管注意義務の付随義務として事務処理状況の報告義務(民法645条(注1))も負っている。
2 善管注意義務の具体的内容
そこで、これらの諸義務について、その具体的な内容がどのようなものかに関し、以下検討してみることとする。
(1)まず、適格紹介の義務であるが、求職者に対してはその能力に適合する職業を紹介すること、求人者に対してはその雇用条件に適合する求職者を紹介すること(職業安定法5条の7)がその内容となっており、紹介業者が果たすべき義務の中核をなすものである。紹介業者としては、常にこの義務があることを念頭において紹介を行うべきであり、特に求職者についてはその能力の的確な把握と可能な限り幅広い求人の確保に努めることとされている(平成11年労働省告示141号 第5 2)ところである。ただ、この義務は善管注意義務の中核をなすものではあるが、職業安定法上はあくまでも努力義務としてしか規定されていないこと、あるいは職業紹介は求職者・求人者の状況に応じケースバイケースで処理しなければならないことを考慮すれば、紹介業者が紹介を行う上で通常適当と考えられる処理が行われておれば、紹介業者の義務違反が問題となることはないと考えられ、この点については、紹介業者の裁量が広く認められるものと考える。
なお、この点に関し、求職者・求人者の状況、特に求職者の身元や能力についての調査義務との関連が問題となるが、身元調査は禁止されており(上記告示 第4 1)、また能力の点については、求人者との特約がない限り、求人者の求人内容からみて紹介業者として一般に期待される程度の調査を行えばよく、求職者の履歴あるいは履歴書の真偽調査のようなことまでは通常求められていないと考えられる(注2)が、資格を必要とする職業(医師、クレーンの運転等)については、特段の困難を伴わない限り、紹介に当たって、その有無を確認することが適当である。
(2)次に、求人・求職内容の確認(チェック)義務であるが、この義務は、適格紹介の義務から派生する義務であり、また労働条件については職業安定法により(同法5条の3)課されている義務でもあるが、特に求人者から明示された労働条件については、その内容が法令に違反していないかをチェックする必要があり、法令違反がある場合等には求人者にその是正を求め是正されないときは求人を受理しない(職業安定法5条の5)との対応をとることが求められる(なお、求職者については、職業安定法5条の6で求職内容が法令に違反している場合にその不受理が認められている)。このチェックをせずあるいは不十分なまま紹介あっせんを行った場合には、この義務違反の責任が生ずる。
また、求人条件と実際の労働条件に相違が生じることも考えられるが、紹介業者としては、相違が生じる可能性がある場合には、求職者に、その旨を紹介に当たって予め明示しておき実際に相違が生じたときはその内容を速やかに知らせるよう配慮することとされている(平成11年労働省告示141号 第3の第6項。)ことから、このような相違が生じないようまたやむをえず生じた場合に備えて、常日頃から求人者との連絡を密にしておくことが求められているといえる。
(3)求人者及び求職者双方に対する中立義務であるが、これは紹介業者が求人者と求職者双方と紹介契約を結んでおり、このことからその契約上の義務を果たすには、どちらか一方の利益に偏した行動をとることは適当ではなく、両者の利益を比較考慮してどちらか一方に偏することなく公平な行動をすべきとの義務であり、善管注意義務を果たす上での前提となるものである。
したがって、紹介業者としては、求人者あるいは求職者の一方の意向のみを尊重した紹介あっせんを行うことは、この義務に違反することになる(注3)。
(4)個人情報保護義務であるが、この内容としては、職業安定法上の義務と個人情報保護法上の義務の二つがある。
まず、職業安定法上の義務(5条の4)であるが、これは、その保護の対象を求職者に関するものに限定してその取扱い―収集・保管・使用―について、紹介業者が守らなければならない事項を定めている(個人である求人者の個人情報については、職業安定法上も個人情報自体には含まれて いる(4条7項)が、その保護対象には含めておらず、紹介業者が個人情報保護法の適用を受ける場合に、同法による保護の対象となるだけである)。
次に、個人情報保護法上の義務であるが、紹介業者が、個人情報保護法の個人情報取扱事業者(過去6ヶ月間に取り扱った個人情報がいずれの日かに5千を超えた事業者)に該当する場合は、同法上の義務(同法4章1節)を遵守しなければならない。
なお、紹介業者が、個人情報保護法の個人情報取扱事業者に該当しない場合であっても、個人情報取扱事業者に準じた対応をとることが求められている(平成11年労働省告示141号 第4 3)点に留意する必要がある。
この点に関しては、第5回の掲載記事で詳しく解説しているので、ご参照願いたい。
(5)守秘義務との関係については、有料の紹介業者は、個人情報の保護とともに、業務上取り扱ったことにより知りえた人の秘密について守秘義務も負っており、この遵守も求められている(職業安定法51条1項)。ここでいう人の「秘密」とは、個人情報のうち、一般に知られていない事実であって(非公知性)、他人に知られないことについて本人が相当の利益を有すると客観的に認められる事実(要保護性)をいうとされており、求職者だけでなく求人者(法人は除く)の秘密も含まれている。
守秘義務違反については、罰則がある(30万円以下の罰金)。
また、有料・無料を問わず紹介業者は、上記のほか、業務に関して知りえた個人情報(求人者(法人も含む)の情報を含む)をみだりに他人に知らせてはならないとされている(職業安定法51条2項、51条の2)。なお、この違反には、特に罰則は設けられていない。
(6)苦情処理の義務については、主として求職者からの苦情の適切な処理が求められており、職業安定機関及び他の紹介業者と連携を図りつつ、求職者からの苦情の迅速、適切な処理体制の整備・改善向上に努めることが求められている(平成11年労働省告示141号 第5 3)。なお、この点に関し、紹介業者は、ハローワークその他の専門的な相談を行うことができる団体((公社)全国民営職業紹介事業協会等)を苦情の申出先として、周知するよう努めることが適切である。
(7)その他の義務として、労働争議に対する不介入の義務があり、紹介業者は、ストライキが行われている事業者に、求職者を紹介することが禁止されている(職業安定法34条による20条の準用)。
最後に、事務処理状況の報告義務についてであるが、この義務は、民法645条により、紹介業者に善管注意義務とは別にその付随義務として課されているものである。紹介業者としては、求人者・求職者から、紹介あっせんの事務処理状況の報告を求められた場合は、その状況を適切に報告しなければならず、これを無視するような不適切・不十分な報告しかしないときは、この義務違反の問題が生じる。また、紹介あっせんが終了したときには、その経緯及び結果を求人者・求職者に報告しなければならない。
なお、善管注意義務のほかに、忠実義務として、紹介業者は求人者・求職者に対して忠実に事務を処理しなければならず、求人者・求職者との利害が対立する状況で紹介業者自身の私利を図ってはならないという義務―求人者・求職者との利益相反行為をしてはならない義務、事務処理の過程で問題となりそうな情報があればこれを求人者・求職者に提供する義務、本人に関する守秘義務等―を負っていると考えることもできるが、判例では両者は別個のものではなく、忠実義務は善管注意義務に含まれるとされている(注4)。
3 善管注意義務等への適切な対応
紹介業者としては、上記の善管注意義務等の内容を充分理解の上、求人者・求職者に対する対応をとることが求められており、この対応如何によっては、労働局による行政指導・行政処分の対象となりうるほか、善管注意義務等違反として民事上の責任を問われる(民法415条等(注1))ことも考えられるので、適切な業務運営に努めることが大事である。
(注1)民法
(受任者の注意義務)
644条 受任者(紹介業者)は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務(紹介契約の内容)を処理する義務を負う。
(受任者による報告)
645条 受任者(紹介業者)は、委任者(求人者・求職者)の請求があるときは、いつでも委任事務(紹介契約の内容)の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
(債務不履行による損害賠償)
415条 債務者(紹介業者)がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者(求人者・求職者)は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者(紹介業者)の責めに帰すべき事由によって履行することができなくなったときも、同様とする。
(注2)この適格紹介の義務の内容として、求職者に関する能力・適性の調査を含む調査義務があるが、この点については、以下のように考えるのが適当である。
職業紹介事業は許可制度をとっているが、その理由は、その許可基準(業務運営要領9~26ページ参照)から明らかなように中間搾取・強制労働の弊害を除去するとの観点(更に個人情報の保護)が大きなウエイトを占めており、紹介業者の義務としては求職者に対する労働条件明示が規定(職業安定法第5条の3)されているが、適格紹介については求人者・求職者に対する努力義務として規定(職業安定法第5条の7)されているだけであり、また職業紹介責任者の設置も義務付けられているが、その職務内容として求人者・求職者に関する調査義務のようなものは明示的には含まれていないことを考慮すれば、特段の事情がない限り、紹介業者の調査義務を許可業者ゆえに高度なものとみることは適当でないと考えられる。したがって、この調査義務を含む適格紹介の義務については、その具体的な内容としてどのような行為を行うかは、原則として、紹介業者の判断・裁量に任されていると考えられる(特殊な業務に対する求職者の適否を決定するため必要があると認めるときは、試問・技能の検査を行うことができるとされている(職業安定法第5条の6第2項)が、その必要性の判断はあくまでも紹介業者に任されている)ことから、この義務違反が現実に問題となることは、かなり限定されると思われる。
(注3)紹介業者が求人者・求職者の代理人となることの可否
(イ)求人者・求職者間に労働契約が成立し紹介契約の目的が達成されるあるいは不調に終わる(求人申込又は求職申込の効力が失効する時)までの間は、求人者あるいは求職者のいずれかの代理人となって行動することは、両者の関係が通常利害相反するものであると考えられることから、この中立義務に違反することになる恐れが強いので、避けるべきであると考えられる。
(ロ)求人者・求職者間に労働契約が成立するあるいは不調に終わる時及びそれ以後は、一般には準委任契約である紹介契約上の義務は終了していると考えられることから中立義務違反の問題が生じることはないので、両者間に利害関係が認められるとしても一定の行為については、どちらか一方(この時点では使用者・労働者となっている)の代理人となって行動することも認められる場合もある―例えば、求人者ではなく使用者の代理人として、労働基準法15条の規定により既定の労働条件の明示を書面等で行うこと等紹介行為とは認められない事務の処理―と考えられる。
(注4)最判昭和45年6月24日 会社法上の取締役の忠実義務は、善管注意義務の一部にすぎないとする。