第20回 同一労働同一賃金と職業紹介上の留意点
現在、安倍内閣において、働き方改革の柱として、同一労働同一賃金導入に向けた議論が行われており、年内にも、その導入に向けたガイドラインの作成が予定されているところである。この同一労働同一賃金が導入された場合、職業紹介業務にどのような影響を及ぼすかについて、適正な職業紹介を実施するうえでの留意点に関し、検討してみることとする。
1 同一労働同一賃金の考え方
同一労働同一賃金とは、一般的に、職務内容が同一又は同等・同価値の労働者に対しては同一の賃金を支払うべきとの考え方をいうとされている。
したがって、この考え方によれば、正規労働者(いわゆる正社員)と非正規労働者(パート、有期労働者、派遣労働者等)が従事している職務が同じ場合には、合理的な理由がない限り、同じ賃金を支払わなければならないことになり、例えば、スーパーの正社員とパートが同じ仕事をしている場合には、パートだからといって正社員よりも賃金を低くするということは許されないこととなる。
なお、この考え方は、一般には、賃金のみならず、雇用条件全般についての不合理な取扱いに妥当するものとして、考えられている。
2 我が国における状況
(1)法制度
― 一般的に同一労働同一賃金を規定する法律はないが、個別法では、「均等待遇」に関する規定と「均衡待遇」に関する規定が設けられている(注)。
・均等待遇の規定
通常の労働者と同一*のパートについて、その待遇に関し、差別的な取扱の禁止(パート法9条)
*職務内容(業務内容・責任の程度)、人材活用の仕組み(職務内容・配置の変更範囲)及び運用が通常の労働者と同じ―約32万人程度
・均衡待遇の規定
すべてのパート*1及び有期労働者*2について、通常の労働者との待遇の相違は、職務内容、人材活用の仕組み及び運用その他の事情を考慮して不合理であってはならない(パート法8条、労働契約法20条)
*1 約943万人程度
*2 約1,485万人程度
また、これら規定は、いずれも民事的効力を有する規定であり、違反すれば、不法行為として損害賠償あるいは賃金の支払いを求められうる。
なお、女子であることを理由とする、男女間の賃金差別は禁止されている(労働基準法4条)。
(2)裁判例
― この点に関する裁判例としては、次のものがある。
・有期のパート(契約は反復更新)に関する事案
a 京都市女性協会事件(平21年7月16日大阪高裁判決・救済否定例。最高裁で確定)
― 同一(価値)労働同一賃金の原則については、一般的な法規範として認めるべき根拠はなく、これに基づくところの公序があると考えることもできない。一方、パート法改正や労働契約法の規定を踏まえると、同一(価値)労働であるにかかわらず、当該事業所における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差が生じている場合には、均衡の理念に基づく公序違反として不法行為が成立する余地があるとしつつ、本件事案の事実関係を踏まえ、結論としては救済を否定。
b ニヤクコーポレーション事件(平25年12月10日大分地裁判決・救済肯定例。福岡高裁で和解)
―(同一労働同一賃金の原則を一般的な法規範として認めるべきかについては言及せずに)原告は、パート法8条(現9条)1項の「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」に該当すると認められ、同項違反として、損害賠償を肯定。
・有期労働者に関する事案
a 長沢運輸事件(平28年5月13日東京地裁判決・救済例、控訴中)
― 定年後再雇用された嘱託社員(1年契約)のトラック運転手について、「定年前と同じ立場で同じ仕事をさせながら、賃金水準を下げて(定年前より2~3割減)コスト圧縮の手段にするのは正当でない」として、正社員と非正社員との不合理な待遇の違いを禁じた労働契約法20条に違反するとして、賃金差額の支払いを肯定。
b ハマキョウレックス事件(平28年7月26日大阪高裁判決・一部救済例、上告中)
― 有期契約で雇用された時給制の配車ドライバーが、同じ業務内容なのに正社員と賃金・手当が異なるのは違法としてその是正を求めたことについて、正社員には異動・出向等があり中核的人材として育成される立場にあることを考慮して、月給制で賞与・退職金有との賃金上の格差は肯定したが、無事故手当・通勤手当・給食手当・作業手当の4種類の手当の不支給は不合理で労働契約法20条に違反する(住宅手当・皆勤手当・家族手当については否定)として、その支払いを肯定。
(3)以上のように、最近の裁判例では、上記法改正も踏まえ、パート・有期労働者と正社員との賃金格差を不合理とするものが見られるようになってきていることに留意する必要がある。
3 紹介業者として留意すべき点
紹介業者としては、今後年内にも、政府から示される同一労働同一賃金に関するガイドライン(指針)の内容も踏まえ、適正な職業紹介を行うためには、求人者から示された賃金がこのガイドライン(指針)に適合するかのチェックが求められることになるのではないかと思われるので、その動向に十分留意する必要があるのではと考える。
特に、パート、有期労働者の職業紹介を行うに当たっては、上記裁判例を踏まえると、パート法8条・9条、労働契約法20条との関係も考慮する必要があり、求人企業における正社員との賃金の状況を確認することが適正・適法な職業紹介を行ううえで必要となってくるケースも出てくると考えられるので、適切な対応ができるよう、今後とも関係法令等の内容の把握に努めることが大事となるのではないかと考える。
(注)この点に関する諸外国の法制度として、EU指令では
・パートタイム労働指令
パートタイム労働者は、雇用条件について、客観的な理由によって正当化されない限り、パートタイム労働であることを理由に、比較可能なフルタイム労働者より不利益に取り扱われてはならない(4条1項)。
・有期労働契約指令
有期労働者は、雇用条件について、客観的な理由によって正当化されない限り、有期労働契約又は関係であることを理由に、比較可能な常用労働者より不利益に取り扱われてはならない(4条1項)。
とされている。
なお、フランス、ドイツでは、同趣旨の法律が制定されている。