第5回 職業紹介における個人情報保護のあり方について
1 はじめに
紹介業者は、紹介業務を行うに当たって、求人者・求職者の個人情報を取得することになるが、個人情報の保護については、最近特に関心が高まってきていることから、職業紹介を行うに当たり、この個人情報の取扱い―その保護をどのようにすれば、問題が生じないかについて、検討してみることとする。
2 個人情報とは
個人情報とは、個人(生存する自然人に限る)に関する情報であって、特定の個人を識別できるものをいい、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができることとなるものを含むとされている(職業安定法4条8項)。職業安定法では、この個人情報について、その保護の対象を求職者に関するものに限定してその取扱い―収集・保管・使用―について、紹介業者が守らなければならない事項を定めている(個人である求人者の個人情報については、職業安定法上は個人情報自体には含まれているが、その保護対象には含めておらず、紹介業者が個人情報保護法の適用を受ける場合に、同法による保護の対象となるだけである)。
3 紹介業者の個人情報の取扱いについて
紹介業者は、求職者の個人情報について、求職者保護の見地から、厳正な取扱いを行うことが求められており、職業紹介業務に必要のないものは収集してはならない。
なお、紹介業者が、これに違反した場合には、改善命令の対象となることがある(職業安定法48条の3)
【収集してはならない個人情報】
例えば、求職者に関し、
① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項(家族の職業、収入、本人の資産等の情報(税金、社会保険の取扱い等労務管理を適切に実施するために必要なものを除く)、容姿、スリーサイズ等差別的評価につながる情報))
② 思想及び信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書)
③ 労働組合の加入状況(労働運動、学生運動、消費者運動その他社会運動に関する情報)
は、収集してはいけない(注1)
【収集の手段】
求職者の個人情報を収集する場合は、次のような公正な手段によらなければならない。
① 本人から直接収集する
② 本人の同意のもとで本人以外の者から収集する
③ 高等学校若しくは中等教育学校又は中学校の新規学校卒業予定の求職者から応募書類の提出を求めるとき―「全国高等学校統一応募用紙又は職業相談票(乙)」を使用
【保管又は使用】
収集した求職者の個人情報は、目的外に使用してはならず、収集目的の範囲内で保管又は使用しなければならない。ただし、
① 使用目的を示して本人の同意を得た場合
② 他の法律に定めのある場合
は目的外の使用ができる。
4 個人情報の管理基準
(1)紹介業者は、個人情報の保管・使用について
① 個人情報を目的に応じ必要な範囲内において、正確かつ最新のものに保つための措置
② 個人情報の紛失・破壊・改ざんを防止するための措置
③ 正当な権限を有しない者による個人情報へのアクセスを防止するための措置
④ 収集目的に照らして、保管する必要がなくなった個人情報を破棄又は削除するための措置
を適切に講じるとともに、求職者から求めがあった場合は、個人情報の保管・使用に関する措置の内容を説明しなければならない。
(2)求職者の秘密に該当する個人情報の取扱い
紹介業者が、求職者の秘密に該当する個人情報を知った場合は、その個人情報が正当な理由なく他人に知られることのないよう、厳重な管理を行わなければならない。これに違反すると30万円以下の罰金に処せられる場合がある(職業安定法51条1項 6参照)。
(3)個人情報管理規程の作成
紹介業者は、
① 個人情報を取り扱うことができる者の範囲
② 個人情報を取り扱う者に対する研修等教育訓練
③ 求職者から求められた場合の個人情報の開示又は訂正・削除の取り扱い
④ 個人情報の取り扱いに関する苦情処理
に関する事項を含む個人情報管理規程(別紙参照)を作成し、自らこれを遵守するとともに、従業者にもこれを遵守させなければならない。
(4)不利益取扱いの禁止
紹介業者は、求職者が個人情報の開示又は訂正を求めたことを理由に、求職者に対して不利益な取扱いをしてはいけない。
5 個人情報保護法の遵守
(1)紹介業者が、個人情報保護法の個人情報取扱事業者(過去6 ヶ月間に取り扱った個人情報がいずれの日かに5000を超えた事業者)に該当する場合は、同法上の義務(同法4章1節(注2))を遵守しなければならない。
なお、紹介業者が、個人情報保護法の個人情報取扱事業者に該当しない場合であっても、個人情報取扱事業者に準じた対応をとることが求められている(平成11年労働省告示141号)。
(2)個人情報保護法に基づく個人情報の保護措置の対象は、職業安定法より広く、求職者の個人情報に限定されておらず、求職者以外の者の個人情報(例、求人者の担当者や紹介業者の労働者の個人情報等)も対象となっていることに留意する必要がある。
(3)紹介業者との関係で特に問題となる個人情報の第三者提供について、留意すべき点は次のとおりである。
ア 求人者に求職者の個人データを示す行為は、第三者提供に該当するものであることから、原則としてあらかじめ求職者の同意を得ないで求人者に求職者に関する個人データを提供することは禁止
されている。
この場合、求職者の同意を得ることが困難なときは、
① 求人者への提供を利用目的とすること(職業紹介業務の目的達成に必要な範囲に限定される)
② 求人者へ提供される個人データの項目
③ 求人者への提供の手段・方法
④ 求職者の求めに応じてその時点以降本人の個人データの求人者への提供を停止すること
の4点について、あらかじめ求職者に通知し、又は求職者が容易に知りうる状態に置いているとき(例えば、ホームページへの掲載、事業所の窓口等への掲示・備付等による公表が継続的に行われている状態)に限り、求職者の同意を得ずに、求職者の個人データを求人者に提供することができる(オプトアウト)。
なお、同一事業主内での他部門への個人データの提供は、第三者提供に該当しないが、親子会社間、グループ会社間等での個人データの交換については、第三者提供に該当するとされている。
イ 求職者の同意を要せずに第三者提供が可能な場合として、上記のほか、法令に基づく場合等が挙げられている(個人情報保護法23条1項1号)が、この法令には、刑事訴訟法218条(令状による捜査)、197条(捜査関係事項照会)、民事訴訟法186条(裁判所からの調査嘱託)等のほか、弁護士法23条の2(弁護士会からの照会。弁護士個人からの照会は含まれない)が含まれている(注3)。
ウ 求職者の同意を得る方法としては、例えば、求職申込書に求職者の個人データが求人者に提供されることに関する同意欄を設けること等事後に同意の確認ができるような方法により行うことが適切と考えられるが、必ず事前に求職者からその同意を得るようにすることが必要である。
6 守秘義務との関係
(1)有料の紹介業者は、個人情報の保護とともに、業務上取り扱ったことにより知りえた人の秘密について守秘義務も負っており、この遵守も求められている(職業安定法51条1項)。ここでいう人の「秘密」とは、個人情報のうち、一般に知られていない事実であって(非公知性)、他人に知られないことについて本人が相当の利益を有すると客観的に認められる事実(要保護性)をいうとされており、求職者だけでなく求人者(法人を除く)の秘密も含まれている。
守秘義務違反については、罰則の適用がある(30万円以下の罰金)。
(2)有料・無料を問わず紹介業者は、上記のほか、業務に関して知りえた個人情報(求人者(法人を含 む)の情報を含む)をみだりに他人に知らせてはならないとされている(職業安定法51条2項、51 条の2)。なお、この違反には、特段罰則は設けられていない。
(3)なお、提供を求められている事項が、職業安定法51条1項の「秘密」に該当する場合は、上述のよ うに正当な理由なく漏らしてはならないとされていることから、刑事訴訟法197条(捜査関係事項照会)、民事訴訟法186条(裁判所からの調査嘱託)、弁護士法23条の2等のように第三者提供の具体的根拠は示されているが提供自体は義務づけられていないときは、これらの法令の趣旨に照らし第三者提供の必要性と合理性が認められる範囲内で対応することが必要となると考えられるので、有料の紹介業者としては、この点についての検討が必要となるとともに、この秘密に当たらない場合でも、職業安定法51条2項により、「個人情報」をみだりに他人に知らせてはならないとされていることにも留意して適切に対応する必要がある。
7 おわりに
紹介業者としては、求人者の情報(職業紹介に係るものに限る)、求職者の個人情報等の取扱いに関する事項は、求人・求職受理後速やかに原則書面で求人者・求職者に明示しなければならない(職業安定法32条の13。同法施行規則24条の5第1項及び2項)とされており、当該事項については業務の運営 に関する規程(紹介契約の約款と考えられる)の一部として事業所内に掲示することが求められている(職業安定法32条の13、同法施行規則24条の5第4項)ことも踏まえ、職業安定法及び個人情報保護法の規定を遵守しながら、適格な紹介に努めることが大事であり、上記の点を十分踏まえた対応が求められているところである(注4)
(注1)次の条件をともに満たす場合は、このような情報であっても収集が認められる。
① 特別な職業上の必要性があることなど業務の目的達成のため不可欠である
② 収集目的を示して本人から収集する
(注2)個人情報保護法4章1節の内容
個人情報の取扱いに関して
・利用目的の特定 ・利用目的による制限 ・適正な取得
・取得に際しての利用目的の通知等 ・データ内容の正確性の確保 ・安全管理措置
・従業者の監督 ・委託先の監督 ・第三者提供の制限
・保有個人データに関する事項の公表等 ・開示、・訂正等 ・利用停止等
・理由の説明 ・開示等の求めに応じる手続 ・手数料
・苦情の処理等
の義務が課されている(詳細については、職業紹介事業業務運営要領98頁以下参照)。
(注3)弁護士法23条の2に基づく照会と個人情報保護法の関係
弁護士法23条の2に基づき、個人情報の提供を求められた場合の個人情報保護法上の考え方・取扱いは、次のとおりである。
イ 個人情報保護法所管庁の消費者庁の見解
「ガイドラインの共通化の考え方」(2008年7月―内閣府作成)
個人情報保護法23条1項1号の法令(第三者提供可能な場合)には、弁護士法23条の2が含まれる。
なお、当該法令に、第三者提供を受ける相手方についての根拠のみあって、第三者提供する義務までは課されていない場合には、当該法令の趣旨に照らして第三者提供の必要性と合理性が認められる範囲内で対応するとされている。
ロ 各省の取扱い
法務省のガイドライン(GLと略す)、総務省のGL(電気通信事業関係)、財務省のGL、経産省のGL、環境省のGL、警察庁のGL、金融庁のGL、厚労省のGL(医療・介護関係)
いずれも、個人情報保護法23条1項1号の法令には、弁護士法23条の2が含まれるとしている。
ハ 裁判所の考え方
大阪高裁判決(平成19年1月30日)
「弁護士法23条の2の規定による照会や裁判所の調査嘱託に対する回答の場合には、正に前記法令に基づく場合(同法23条1項1号)に該当する。」
「弁護士法23条の2所定の照会を受けた公務所又は公私の団体は、照会に応じなかった場合について制裁を定めた規定がないものの、当該照会に対して、法律上、報告する公的義務を負うものと解するのが相当である。」
ニ まとめ
以上のように、弁護士法23条の2の規定は、個人情報保護法23条1項1号の「法令」に含まれているとするのが、一般的な考え方・取扱いである。
(注4)雇用対策法10条に違反する年齢制限求人のハローワークへの情報提供と守秘義務等との関係
雇用対策法10条に違反する年齢制限求人については、その内容が是正されない場合は、紹介業者はこれを受理せず、管轄のハローワークへ情報提供することを求められているところ、この情報提供は、職業安定法51条1項の正当な理由がある場合に該当し、また同条2項又は同法51条の2のみだりに他人に知らせることには該当しないとされている。また、個人情報保護法23条1項4号の「国の機関……が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該業務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。」にも該当するとされている(職業紹介事業業務運営要領91頁参照)。
【別紙】 職業紹介事業業務運営要領(172頁)