第10回 ハローワークと求人者・求職者の職業紹介を巡る法的関係について
ハローワークで行われている職業紹介については、その提供するサービスの内容をめぐっては様々な議論がなされているところであるが、その法的な性格・構造はいかなるものなのかに関しての議論はほとんどみられず、皆無といってもいい状況にある。
そこで、ハローワークの職業紹介と求人者・求職者の関係について、その法的な性格・構造を検討してみることとする。
1 ハローワークの職業紹介の仕組み
ハローワークの職業紹介は、民間で行われている職業紹介と基本的に異なることはなく、求人者からは求人の申込を、求職者からは求職の申込をそれぞれ受理し、両者間の雇用関係の成立をあっせんするというものである(注1)。
ハローワークの職業紹介も民間の職業紹介も、いずれも職業安定法により、その業務取扱いの仕組みに関しては同様の規制が行われており(同法3条、5条の3~5条の7(注2))、そこにハローワーク故の―国が行うことによる―特別な紹介上の仕組みに関する規制・優遇等はみられない(なお、職業紹介の地域、求人・求職開拓、公共職業訓練のあっせん、職業指導、学生等の職業紹介等に関する規定(同法17条~28条)があるが、これは提供するサービスに関するものであり、職業紹介の仕組みに関するものではない―強いて挙げれば、同法17条及び施行規則12条による原則通勤可能地域紹介の取扱いが考えられる)。
なお、ハローワークの職業紹介は、国が無料で行い、また国の施策を実施するため様々な民間の職業紹介には見られないサービスの提供を行っているが、これはあくまでも紹介のサービス内容に差があるだけであり、紹介の制度的な仕組みに差があるわけではない。
2 ハローワークの職業紹介の法的な性格・構造
ハローワークの職業紹介の法的な性格・構造は、求人者、求職者から求人・求職の申込を受け、これに基づき両者間の雇用関係の成立をあっせんするというサービスを提供するものである。この行為は、紹介サービスの提供というサービスの提供を行うものとして、給付行政(注3)と位置づけられるものであり、行政行為としての公権力の行使として行われるものではない(行政処分性はなく、原則として行政事件訴訟法の対象とはならない)。
したがって、ハローワークと求人者、求職者との間には、求人・求職の申込・受理という関係―法的にみると求人・求職の申込・受理に基づき両者間の雇用関係の成立をあっせんするというサービスを提供する旨の契約―行政契約が成立しているとみることができると考える(国立病院の診療契約、地方公共団体の給水契約等と同様の契約)。
ところで、行政契約には原則として民商法の適用があり(注4)、また消費者契約法の適用もある(注5)ところ、ハローワークの行う職業紹介に係る行政契約の性格であるが、その提供するサービスの内容からみて―ハローワークの職業紹介は、民間で行われている職業紹介と基本的に異なることはない(注6)―ことを踏まえると、民法上の準委任契約の性格を持っているとみられる。したがって、ハローワークの職業紹介においても、民間と同様、民法の委任に関する規定―特に644条(善管注意義務)・645条(報告義務)―が適用されると考えられる(本稿第1回、第3回及び第6回参照)。
3 ハローワークの職業紹介の法的な問題点
このようにハローワークの職業紹介の法的構造を解すると、ハローワークの職業紹介については、民間の紹介業者に課されている義務との関係で問題となる点がある。
それは、職業安定法12条の委任による施行規則15条に基づき職業安定局長により定められるハローワークの行う紹介についての手続・様式―内部の事務処理要領のほか約款に相当する事項も含まれていると考えられる―が求人者、求職者を含め利用者一般に公表されておらず、その紹介を行うに当たっての一般的・原則的な取り決めが契約内容として明示されていないことである。他の行政契約では、消費者契約法3条の規定を踏まえ、そのサービスを提供する内容・条件等が約款(附合契約)(注7)の形式で明示されている(診療約款、水道供給規程等)。
このようなことは好ましいことではなく、ハローワークの職業紹介もその法的性格は契約である以上、消費者契約法3条による契約内容についての必要な情報提供努力義務に基づき、民間の紹介業者に作成・明示が義務づけられている業務運営規定(約款としての性格をもつ)に相当するもの―提供するサービスの内容・提供方法等―を作成し、求人者・求職者に明示的に示すことが必要となっている。
4 おわりに
以上、ハローワークの職業紹介の法的性格・構造について考察してきたが、ハローワークの職業紹介にも民間と同様に民法上の規制が及んでいることを踏まえ、今後ハローワークの職業紹介がより適正に行われることとなることを期待したい。
なお、ハローワークの行う職業紹介は、無料で行われているが、無料故に民法上課されている善管注意義務が軽減されると考えることは適当ではなく(注8)、この点については、有料の紹介の場合と異なることはないと考えられる。したがって、無料だから注意義務を怠ってもよい、そこそこの注意をしていればよいと考えて業務を行うことは、国の業務遂行として問題であるばかりか、法的にも認められていないと考えられる。
なお、現在、民法典の債権法改正のための検討が進められているが、この中で、委任契約を含む役務提供型の典型契約や約款についての議論(注9)も行われており、この議論の結果によっては、ハローワークの職業紹介のあり方にも影響が及ぶことも考えられるので、この点について留意することも必要であろう。
(注1)
(注2)ハローワークの紹介には、公行政の特質とされるサービスの提供にあたっての均等待遇原則の適用、契約受諾義務・提供義務が課されているが、このことをもって民間の紹介と差異があるとして、私法の適用を排除することはできない。なぜなら、民間の紹介にも同様の規制がなされているからである(職業安定法3条、5条の5、5条の6はハローワーク及び民間の紹介双方に適用がある)。
(注3)塩野 宏著「行政法Ⅰ(第5版)」P190
「給付行政については、特別の規定がない限り、契約方式の推定が働く。」
曽和俊文等著「現代行政法入門」P99
「こうした分野(行政による市民に対するサービスの提供)においては、行政契約によるか行政行為によるかは根拠法の定めることとなるが、これが存在しない場合には、行政契約と見るべきこととなる。」
(注4)芝池儀一著「行政法総論講義」P241
(注5)行政契約にも消費者契約法の適用があり(内閣府国民生活局消費者企画課編「消費者契約法」の解説P70)、したがって、ハローワークの紹介にも同法が適用―求職者及び事業者でない求人者(個人家庭の求人者)―される。
なお、求職者と求人者との間の労働契約には、消費者契約法は適用されない(同法48条)
(注6)ハローワークの紹介と民間の紹介の仕組み・構造上の相違は、その実施主体が国か民間かの差しか認められず(この関係から、守秘義務の点、損害賠償の根拠法の点(国家賠償法の適用)、また公務執行妨害(公権力の行使でない場合にも適用あり)とされる点等で差がある)、国が行っていることのみを根拠に、行政契約ではないとして民法の適用を排除することは適当でない。
(注7)民法(債権関係)の改正に関する中間試案(平成25年7月4日補訂版P51)によれば、約款とは、
「多数の相手方との契約の締結を予定してあらかじめ準備される契約条項の総体であって、それらの契約の内容を画一的に定めることを目的として使用するものをいう」としたうえで、個々の契約条項の内容について合意していない場合でも、
「・契約の当事者が約款を用いることを合意し、
・約款を準備した者によって契約締結時までに、相手方が合理的な行動をとれば約款の内容を知ることができる機会が確保されているときは、約款の内容が契約内容となる」としている。
なお、約款については、民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案の第2次案(平成26年8月5日)では、ペンディングとなっており、案は示されていない。
(注8)内田 貴「民法Ⅱ 債権各論」P237
「受任者の注意義務の水準が高いのは、委任という契約の性質に由来する。したがって、たとえ無償でも違いはないと一般に解されている」
(注9)民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明(平成25年7月4日補訂版)
・委任契約について―特にP500~505を参照―現在の議論を見る限り、ハローワークの職業紹介について、特段の影響はないのではと考えられる〈民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案の第2次案(平成26年8月5日)P56でも特段の変化なし〉。
・約款について―P365~